。」
「何だつて、え?」
「はつはつは。」
「ほつほつほ。」
高笑ひが、行列全体をゆるがした。その為めに、白張の提灯をさげた青竹が傾き、朱傘が揺れ、柩《ひつぎ》が波打つた。
「それで、爺さんな、勇助と顔馴染《かほなじみ》だから、悪いやうには取計つてくれめえつてんだよ。それでも、もしかして、先方で白つぱくれてゐやがつたら、『やい、勇助!』つて、地獄中に響きわたるやうな大声で呶鳴《どな》つてやるんだつて云つて、自分でも可笑しがつて大笑ひしてゐさしたつけがよ。」
「はゝゝゝ、勇助と與平次爺さんとでは、全く、はや、うめえ取組だ!」
「はつはつは。」「ほつほつほ。」
みんなが長い間笑つた。やつとそれが止《や》んだ時、また、誰かが、
「やい、勇助!」と、亡き人の仮声《こわいろ》を使つた。
それで、わけもなく、みんなを、また大笑ひに陥れた。
と、また、別な人が、つゞいて、自分自身笑ひに噎《む》せながら、一層巧みなところを試みた。
「やい、歌唄ひの勇助!……お前がいくら三円の雪駄《せつた》を穿《は》いてゐるなんて威張つたつて、俺等が唄はしてやらなかつたら、どうもなるもんぢやなかつたらうに。……この恩知らず奴《め》が!……」
「はゝゝゝ。」「ほゝゝゝ。」
「あゝ、もう止めてくれ。後生だから、はゝゝゝ。腹が痛くなつて来た。……あゝ!」
「何だと! 薪割の與平次奴!……はつはつは。……」と、今度は勇助の仮声を使ふものが現はれて来た。一同が、また、新しくどつと笑ひ崩《くづ》れた。
チン! ボン! カン! カン! チン! チン!
「はゝゝゝ、あゝ、鉦《かね》もなも叩かれたもんでねえ。はゝゝゝ。」
それから、また長いこと笑ひが続いた。そして、やつと終つた。ある者は涙を拭《ふ》き、ある者は横腹を叩き、ある者は咳入《せきい》つて、隣の人から背中を叩いて貰《もら》つたりした。
「あゝ。あゝ。」
あつちでも、こつちでも、笑ひに疲れた後の長い吐息が聞かれた。行列は、いつか識《し》らぬ間に、火葬場に着いてゐるのであつた。
[#地から2字上げ](大正十一年九月)
底本:「現代日本文學大系 49 葛西善蔵 嘉村磯多 相馬泰三 川崎長太郎 宮地嘉六 木山捷平集」筑摩書房
1971(昭和48)年2月5日初版第1刷発行
1985(昭和60)年11月10日初版12刷発行
初出:「野の哄笑」
1922(大正11)年9月
入力:林 幸雄
校正:noriko saito
2010年2月18日作成
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