す》ぐに、ぶら/\と、いつもの鼻唄かなんかでの。」
「爺さんの鼻唄か、はつはつはつは。」
「ほつほつほ……。」
「ばか云ふもんでねえ。おどけでも地獄へおちるなんて、かわいさうによ。……あゝあ……なむあみだぶつ、なむあみだぶつ。」
「道を間違はつしやらねえやうに、せつせと鉦を叩けや!」
 チン! カン! ボン!
「もつと、がつとに!」
 チーン! カーン! ボーン!
「だつて、そんな話が出るたんびに、爺さんな、いつも云つてゐさしたつけよ。『極楽なんて真平だ。』つて。『年百年中、蓮《はす》のうてなとやらの上に、お行儀よくかしこまつて坐りこんでゐるなんて、俺がやうながさつ者にや、とても勤まるめえ。』つてよ。」
「爺さんの云ひさうなこんだ。」
「そして、云ふことが面白え、『俺、これで大した悪《わる》働いてゐねえから、どつちみち、大した苦患《くげん》に遇《あ》ふこともあるめえ。それどころか、地獄にや、ほれ、でつけえ人煮る釜《かま》があるつてこんだから、俺がやうな薪割稼業《まきわりかげふ》は案外調法がられめえもんでもねえ。』ツてんだ。」
「はゝゝ、そんなら、爺さんな、あの世へ行つてからも、薪割でおつ通さうツて考でゐさしたんだつたか。」
「いや、さう云や、よう割らしたもんだつたなう!」
「ほんにさ、この何十年が間つてもの、村中の薪つて薪、みんな、あの爺さん一人で割らしたんだからなう。」
「それから、柴《しば》まるけるんだつて、それから、根つ子掘りだつて、みんな、まるで爺さん一人の受持ちみてえにして頼んでゐたもんでねえか。」
「さう云や、俺、近いうちに、二三日も来て貰《もれ》えてえと思つてゐたんだのに、思ひがけなく、ころつ[#「ころつ」に傍点]と逝《ゆ》かしつたんでなう、ほんに、はや!」
「俺がとこでも、根つ子掘りの約束をして置いて呉《く》れさしたんだつたのに、よ。」
 チン! カン! ボン!
「なむあみだぶ、なむあみだぶ。」
「いゝお天気で結構なこんだ。」
「今度は珍しく永く続いたもんだ。今日で五日目かの?」
「もう、雨は要《い》らねえ、これから、照つただけが儲《まう》けだ。」
「爺さんはいゝ時に死なしたもんだ。」
「これこそ、ほんとに、爺さんの生涯の功徳《くどく》といふもんだ。藁《わら》も薪もから/\に干《ひ》てゐるから、さぞ、よう燃えさつしやるこつたらうてば。」
「ならうことなら、俺も、こんな日に死にてえもんだ!」
「はゝゝゝ、我家の婆さんが、何を云はつしやることやら。縁起《えんぎ》でもねえ、……しかし、婆さんや、お迎が来たら、そんな、あとの心配なんかしねえで、いつでも心持よう行つてくらつしやい、や。どんな風雨の時だつて、俺、お前のこと半焼のまゝになんかして置かねえから、の。」
「さうだとも、さうだとも。」
「みんな、そんな話し、もう止《や》めさつしやい。信じんが何よりだ。後生《ごしやう》さへ願つてゐれば、それでいゝんだつてこんだ。……なむあみだぶ、なむあみだぶ。」
 少し離れたところで、「あゝあゝ」と大きなあくびをしたものがあつた。と思ふと、また、それより別なところで、「はつはつは」と大笑ひした者があつた。
「おどけ者の與平次爺さんが居なくなつたんで急に村が淋《さび》しくなるこんだらう。」
「いつも、馬鹿ばつか云つて、みんなを笑はしてゐさしたつけが、ほんに、あんな頓智《とんち》のいゝ人つてあつたもんでねえ。」
「さう云や、先だつても、飛んだ可笑《をかし》なことを云つてゐさしたつけよ。だしぬけに、『死なば今だ。』つて云はつしやるんだ。『どうして、え?』つて訊《き》くと、真面目《まじめ》な顔で、M(村の名)の勇助――ほれ、この春、死んだ歌唄ひさ。――あれが、現今《いま》、閻魔《えんま》の座に直つてゐるからだつてんだ。」
 ところ/\で、笑声が起つた。
「それは、また、どうした訳かつて訊くと、」同じ人が、調子づいて続けた。「閻魔の前で、勇助が前の世で歌唄ひを渡世にしてゐましたつていふと、それでは一つ唄つて聞せろつてことになつたんだ相だね。すると勇助の奴《やつ》、いつもの癖で、ちよいと恐入《おそれい》つたやうに頭を掻《か》いて、その実、大得意で勿体ぶつて、へつへつへつと笑つた相だ。そして、場所柄もわきめえねえつて酷《ひど》く叱《しか》られたつていふね。それでも、勇助が、『なんぼなんでも、裸体《はだか》では唄へません。』つていふと、それぢやつていふんで、閻魔が自分の着てゐた衣物《きもの》を脱《ぬ》いで勇助に着せたんだ相だ。ところが、ちやうどそこへ鬼共がどや/\とやつて来て、間違つて、裸体の閻魔を物も云はせねえで引立て行つてしまつたんだ相だ。」
「なあるほど、それで、そのまゝ、あの勇助|奴《め》が閻魔様つてわけだね。」
「はゝゝゝ、これは面白えや
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