も深い睡りに入っていた。屋外には冷やかな夜が、空にきらめく数限りもない星々を静かにはぐくん[#「はぐくん」に傍点]でいた。
「何という淋しい酔であろう。」
と、彼は口に出して自分自身に云った。しかし、何故かもっと深く酔って行ってみたかった。そこで、彼は再び立ち上って戸棚の中から、今度はウイスキーの四角な瓶をとり出して来た。肴《さかな》は? と思ったが何もあるはずがないので、机の上に置いてあった干葡萄の皿を引きよせて、それを摘《つま》んでぽつりぽつり[#「ぽつりぽつり」に傍点]やり出した。
おいおいに目がちらついて来た。ランプの光線の赤いのが、たちまちにいっそう際立って来たように感じた。障子の桟が不規則に幽《かす》かに揺ぎ出した。これ等はすべて彼には愉快であった。……と彼の目の前に女の顔が一つぷい[#「ぷい」に傍点]と浮び出して来た。「房子だ。」と思う、とすぐにまたぷいと消えて行った。と思うとまた現われて来た。「おや、お志保だ。」かと思う間に今度はそれが母の顔に変った。そんな事を幾度か繰り返した。と、最後に現れたお志保の顔が、彼の目をじーっと視詰《みつ》めてにっこり[#「にっこり」に傍点]笑った。それを見ると、庸介もおもわず同じようににっこり[#「にっこり」に傍点]とした。そして、
「十七だというが、年の割には大人だ。――いや、あれはまだ子供だ。おそらくは何にも知っていはしない。」こんな事を囁いた。
目をつぶって、もう一度お志保の顔を求めた。が、どうしてもそれはもはや見られなかった。グラスを取り上げて一杯のみほして、びりびり[#「びりびり」に傍点]する唇をぷーっと吹いた。
「否、俺は遠からず上京するであろう。そしてそれっきり、再びこの土地へは帰って来ないかも知れない。そうだとも、俺は遠からずこの地を出発《た》とう。数週ののち、しからざれば数カ月の後、……そして今度こそは本当に勇敢に餓死と戦うのだ。……万物はみんなそうしているのだ。」かう云って、また盃を重ねて行った。……
夜のしらしら[#「しらしら」に傍点]と明ける頃になって、ふと[#「ふと」に傍点]目を覚ました彼は蒲団ものべずに着物を着たままそこに酔いつぶれていた自分を見出した。ウイスキーの瓶が空になって転がっていた。机の上には、点《つ》けっぱなしにされていたランプが疲れ果てた、ぼやけた[#「ぼやけた」に傍点]光をあたりに投げていた。酔は気持ちよく醒めかけていた。彼はあたりを取片附けて改めて床の中へ入った。
と、つい先刻見た一つの夢が朧《おぼ》ろげに彼の頭に思い出されて来るのであった。
……はじめ、お志保がそこに坐っていた、何か自分に訴える事でもあるような、憂わしげな顔付をしていた。と、庸介の母がそこへやって来て、何か厳しく彼女を責め初めた。その調子は非常に熱してはいるが、ひどくあたりを憚《はばか》っているような所が認められた。母の口から時折彼の名前が呼ばれた……やがて、どうしたのか急にお志保はしくしくと泣き出した。と、それに続いて庸介の母も声を出して泣き伏した……
その朝は、庸介はいつもと同じ時刻に起き出で、いつもと同じように家の人達といっしょに朝の食事をした。
九
川原地に繁っている尾花に穂が出た。それを遠くから眺めると、秋の白い光を受けてそれが雲母《うんも》のように光った。銀色に、淡紅色に、薄紫色にいろいろになって波うった。
十月のある晴れた朝、庸介は、すぐ家の前に近く見えているG山へ登ろうと思って家を出た。二里とは離れていなかった。それは、国境の山々がちょうどもう終ろうとして平原の中へ岬のように突き出している小山脈の一峰で、高さは云うほどの事もなかった。それに頂上まで大幅の立派な道がついていた。松や杉の林に富んだ、美しい愛らしい小山であった。その麓には温泉場などもあり、この地方の農民が春や秋の休み日に、よく三々五々打連れて蕨《わらび》や栗を採りに登る山であった。
彼はただ何という事もなしに、高い処から遠く眺めてみたいというような願から、ふと[#「ふと」に傍点]思いたったのであった。前の△△川を舟で渡って向う岸につくと、堤防に添うて一つの郡道へと出た。それはそこからかのG山の麓を目がけてそこへ一直線に導いてゆくような道であった。道の右、左には田や畑が限りもなく続いていた。穀物はすでに熟《みの》りきって、今にも刈り取られるのを待っているように見えた。田では早稲《わせ》は刈り終られ、今や中手の刈り入れで百姓は忙しそうに見えた。田の中で鎌の刃を白くきらきらと光らしている人、刈り取られた稲を乾すために畔《くろ》の並木に懸けている人、それを運ぶ人――年寄も、若者も、女も子供もみんな一生懸命になって、まるで駈け歩くようにして働いている。一方には大豆、黍《きび》などが収穫されつつあった。畑の中に長々と両足を投げ出して一休みしている人々もあった。太い煙管《きせる》ですぱすぱ[#「すぱすぱ」に傍点]烟《けむり》をふいている人などもあった。そうかと思うと、二町ほども距《へだた》った所から、まるで風のような荒い声で、何か面白そうにその老爺に話しかけている者などもあった。空には赤とんぼの群がちらちら[#「ちらちら」に傍点]飛んでいた。農夫等の仕事は、彼にはいかにも楽しそうに見られた。そこには適度の暖かさを持った日光と、爽やかな清新な外気とがある。健康な肉体がその中で、その右、左、前、後へと、いとも安々と動いている。いかにも滑らかに。何の滞りもなく。――それは決して労働と呼ぶ事ができないように思われた。と云うよりは、むしろそれは慰みであり、一種の遊び事ででもあるかのようにさえ見做《みな》されたのである。
何事に煩《わずら》わされるという事もないだろう。むろんこの瞬間に何を憤り誰を怨《うら》み、また誰から怨まれるという事があり得よう。そして一日の仕事を終った時には、疲れてまったくの無心になって空腹を感じて家路を急ぐのである。それは夕餉《ゆうげ》と睡眠とだけしかない。そして夜が明けて目を覚ました時、再び昨日と同じように一家打揃うて野に出て来るであろう。……それだもの彼等にとって何で国家の考などが必要であろう。何の思想が必要であろう。庸介にはこんなふうにも思われるのであった。それを、
「百姓は土の奴隷だ。」などと云う者があるとすれば、それはまるで見方を違えているというものだ。それはまるで別の世界から覗いて云った言葉で、彼等農夫自身にとってそれが何の意味でもありやしない。こんなふうにも思われるのであった。
山の頂《いただき》は岩になっていて、このあたりには木がまるっきり繁っていない、で、展望が非常によかった。△△川がすぐ目の下で白くうねうね[#「うねうね」に傍点]と流れている。そこに白帆が列をなして幾つともなく通っている。橋の上をゆく人力車までが見える。今、通って来た耕原の中の人々がここから呼べば応じそうに近く見えた。遙か遠くに日本海が白く光って見えた。そこを航海している汽船や帆前船やが白い、黒い点となって見えた。そしてその向うには佐渡の山々が淡く浮いている。
やや左手に独立した小山脈の一帯が青く見えてるほか、数十里という耕原はいささかの凸凹もない。譬《たと》えば、ちょうど、大海原のようである。そしてその黄色な稲の海の中に、村々の森、町々の白堊《はくあ》がさながら数限りもなく点散している島嶼《とうしょ》の群のようにも見られるのであった。
彼は、ついこの三週ほど前に父の用のために、向うに青く見えているかの小山脈の麓にあるT村という所へ行った事があった。父の村からそこまでは八里ばかりもあろうか、が、汽車や汽船の便もないので人力車で乗り通した。みちみち注意してゆくと、半里に一村、二三里に一村と云った工合であった。この地方は一帯に非常に細かく耕し尽されているので、ほとんど一尺四方の遊ばせてある土地も見られないのである。云わば、地表がまったく少しの隙間もなく穀物と野菜と果樹とで被《おお》われていると云っても良いのである。それがために道にするだけの土地も惜まれ、はなはだしきは、田の中に挟まれた小部落のごときは道らしい道も通うて居らず、それで、急病人があって医者を招んでも医者が車で駆けつける訳にゆかないような所さえあるのである。
一村に三四軒位ずつちょっとした地主がある。そして三ヶ村に一軒位の割で、とてつ[#「とてつ」に傍点]もなく大きな地主がある。こういう地主になると米を毎年七八千俵から、多いのになると三万俵も、それ以上も売るというのである。で、住宅なども四囲に際立《きわだ》って宏壮なものである。多くは旧《ふる》くからの家柄で、邸の内外には数百年の老樹が繁っているのを見受けるのである。現に、庸介の親戚にも千何百年も続いたという旧家が一軒ある。――それで是等の豪家の人達がどんな暮らしをしているかと云うに、たいていは、多くの番頭どもを相手に銭の勘定をしたり、家の普請《ふしん》をしたり、庭の手入をしたり、そんなきわめて泰平な事で一生涯を終ってしまうのである。そしてこの土地から一歩も離れてみた事もなく死んでしまうものも決して尠《すくな》くないのである。……小作人共は、収穫の分け前の事で年中何かと愚痴をこぼしているが、さて、それだと云ってそれをどうしようともしない。何か良い法案を携えて地主へ願い出ようという者も一人もない。そんな所から見ると、彼等はあながちに彼等の常に口にするほど窮境にいるのでもないらしい。……
彼は遠く眺めやり、かついろいろと考えた。
実に長い長い平穏と伝習との覚める事のない夢だ。一つの村、そしてその隣りの村々、町、町々、……五里、十里、二十里……、すべてその通りだ。見渡すかぎり涯《はてし》なく続くこの耕原の中には、濛々《もうもう》と吐き出すただ一本の煙突の形さえも見出されない。どこまでも澄み切って静かである。あゝ、伝習の静けさ、眠りの静けさ、実に堪えられぬ退屈だ。どこへ行っても、いかなる家を訪れても、そこには「新らしい企て」そんなものは噂にさえ聞くことができないではないか。「何事もなかれ、ただ静かに、ただ静かに。」こういう声が形なく天地に漲《みなぎ》っているのだ。
やがて、庸介は大きな息をして、大空を仰ぎ上げた。――これはまた、何という高さであろう。まあ、実に何という美しさであろう。何という事なしにこう、「際涯もなく」という感じがされるではないか。青く青く澄んで、何とも云えず明るい。
足の下の谷々で鳴いている小鳥の声が、一つ一つ強く響き渡って、じーっと耳をすましていると、それ等の遠い近い数限りもない音のために耳の中が一ぱいになってゆく。
庸介はこれらの清らかさ、静けさに酔わされてしばしの間|恍惚《こうこつ》としていた。が、すぐにそのあとからある寂寥が徐々《しずしず》として彼に襲いかかって来た。山の頂には、彼一人のほか誰の姿も見られなかった。彼の思いは、ほかの何者でもない自分自身の上に突き進んで行った。最初に彼は自分の貧弱と、それから漠としたある空虚とを感じた。そしてそれはついに最後まで変わる事なく続いて行ったところのものであった。
「俺というこの人間はいったい何なのだ。何をしているのだ。嘗《か》つて何をしたか。そしてこれから先、何をしようとしているのか。……」
「俺が今、この岩蔭に身を隠したとする、そうしたら誰がこの俺を探しに来る?……」
「ここで今、俺がピストルかなんかで胸を貫いて死んだとする。そうすればどうなるというのだ。……房子が泣くであろう。母と父とが泣くであろう。それが何日続くか。……そしてそれはいったい、何の為めに泣くのか……」
「いったい、この俺という存在に何の意味があるのだ。何を意味しているのだ。ほんとに、この俺という存在にどういう価値があるのだ。……全実在と俺とはどういう点で結びつけられているのだ。……俺でないところの大きな実在が、今、かくのごとく明らかに見えている。」
こう云ったような事が、いろいろに縺《もつ》れ合
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