カーテンが半ば引かれてあった。彼は、まるで※[#始め二重括弧、1−2−54]夜の獣※[#終わり二重括弧、1−2−55]のようにして息を殺ろしてその窓下へ忍び寄った。そーっと、覗き込むと内にはそんな事とは少しも知らないお志保が、窓側へより添うて一人何かせっせと編物をしていた。赤い笠をつけた小ランプの光りが彼女の顔のところだけをまともに照らしていた。頬へ垂れたほつれ[#「ほつれ」に傍点]毛の一筋一筋まではっきり[#「はっきり」に傍点]と浮いて見えた。彼女の目は編物の進められてゆく所に熱心に注がれていた。金属製の編棒が、動くたびに冷たい色にちかちか[#「ちかちか」に傍点]と光った。ガラス戸の内と外との顔はわずかに二尺とは離れていなかったであろう。それほど庸介は窓の近くに立っていた。自分の吐き出す熱い息が、冷たいガラスの面を白く曇らすのに気がついて、初めてそっと身を引いた。
「……あれが母親だろうか。あんないたいけ[#「いたいけ」に傍点]な、あんな可愛らしい娘が、何でお母さんなどと呼ばれる事ができよう。」彼はそう思った。
「彼女はどう思っているだろう。あんな子供に何が考えられるものか。ほんとに
前へ 次へ
全84ページ中82ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 泰三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング