のではないか、そして何か云われたのではないか、と思って咄嗟《とっさ》の間に酷《ひど》く心がまごついた。が、そんな素振りは見せずに、膝の上へきちん[#「きちん」に傍点]と組んでいたお志保の手を執《と》って軽くそれを握ってやった。彼女は素直に彼のするがままにさせていたが、やはり黙り込んでいた。たまり兼ねて彼が、
「どうかしたのかい?」と、問うた時に彼女はようやく眼をあげて彼を見た。その眼は平常に似ずからから[#「からから」に傍点]に乾き切っていた。お志保は何か云おうとしたが、急に顔を真紅にした。と、たちまちのうちにそれはまた真蒼《まっさお》に変って行った。そして何故か物も言わずに男の膝の上へ顔を伏せるのであった。庸介は女がふびん[#「ふびん」に傍点]に思われてならなかった。で、愍《いた》わってやるつもりで背中の上へ自分の手を乗せた。すると、その瞬間、彼は、ごそごそ[#「ごそごそ」に傍点]した木綿着物の下にむっちり[#「むっちり」に傍点]した丸みを持った、弾力性に富んだ肉体の触感を覚えた。髪の毛の匂いと、それからどこから来るのだか解《わ》からない、ある不思議な女の香気が彼にもつれ掛って来た。
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