に気がついた、そしてそれはいつから入っていたのだか自分にもわからなかった。……自分が驚いて飛び起きるとその男は慌ててどこかへ逃げて行ってしまった。というのであった。そして彼女は、
「事によると、先達《せんだって》の男かも知れません。きっとそうです。……そこから逃げ出たのに相違ありません。」と云って、小窓の方を指差した。が、むろん、そのあたりに何の異常のあろうはずはなかった。
それから一週間もすると、彼女は、自分の腹の中に何か一つの塊ができて、それが時々訳の解からない事を自分に言いかけるようだ、と云うような事を言い出した。
父はひどく狼狽《ろうばい》した。
「いよいよ駄目だ! 病院へ入れるほかあるまい。……あゝ実に情ない事になってしまった!」
ほとんど泣き出しそうにして言った。
母は、仏壇や神棚へお燈火《あかし》をあげてお祈りした。
空は、いつも重く垂れていた。太陽は幾日となくその姿を見せなかった、物を裂くような唸《うな》りをあげて寒い風が時折過ぎて行った。そのたびに、幾重にも戸をとざしてある家が、がたがた[#「がたがた」に傍点]と鳴って揺れた。
十三
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