せている根をすぐに了解できたので、妹の部屋へ行くたびに、
「そんな馬鹿な! 断じてそんな事はなかったのだよ。……僕が確に証明してやる。……お前が叫び声をあげた時と、僕が走《か》けつけて行った時との間には、三十秒とは経っていなかったのだから。」こう云って聞かせた。しかし、房子は、それを信じるよりも自分の思っている方を信ずるのが何層倍も真実らしく、かつ楽のような気がした。彼女の意識内には、次第に惑《まど》いが無くなってゆき、悲痛のみが間断なく、反対なく独占してゆくようになった。そして不思議にも今は、それの方がかえって彼女自身には安易で、どこか快いように思われてゆくのであった。仕舞には父の与える薬さえ嫌い出した。
「身体《からだ》の方はもう何ともないんだわ。それだのに何でこんな薬をいつまでも飲んでいなければならないというのだろう。」なんて云うようになった。「なんでも、妾を呆然《ぼんやり》にさせてしまって、それで『あの事』をすっかり妾から忘れさせてしまおうというんだわ。」と思った。
「そうとしても、これを飲むと馬鹿に睡《ねむ》くばかりなってしようがないんだもの。何か考えようとしてもどうしてもそ
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