、房子は瞳をぶるぶるふるわして物を云う事さえできないようすであった。家の人達には、房子が何でそんな事になったのだか、ずーっと後まで解《わ》からなかった。何でも何か干物の入れ忘れていたのを急に思い出したので、もう日が暮れていたがすぐ二十足も歩けばよい所なので提灯《ちょうちん》を持たずにそれを取り入れに行くと、どこかの物蔭に隠れていた一人の若い者が急に忍び寄って来て、いきなり[#「いきなり」に傍点]房子を抱き上げた。それでびっくりしたままに思わず大声あげて叫び出したのであった。がそのあとはどうなったのか彼女自身にもわからなかった。
 房子は、すぐに寝床の中に横にされたが、しばらくすると非常な大熱になった。氷嚢《ひょうのう》で、取換え取換え頭を冷してやった。いろいろ[#「いろいろ」に傍点]薬も飲ませたが、何もかも一向にその効目がなかった。現実の物の形や、響きや、それ等が彼女には何の交渉もなかった。そして、絶えず何か恐ろしい幻影に追い責められてでもいるらしく、それから逃れでもするようにしきりと身体をもがいた。両手でしっかり[#「しっかり」に傍点]顔を蔽《おお》い隠したり、また、時々訳のわからな
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