うとう[#「とうとう」に傍点]敵者《あいて》を突き殺してその上になおも、黒い毛のもじゃもじゃ[#「もじゃもじゃ」に傍点]生えたその胸のあたりを飽くまでも切りつけていたような夢から覚めて、びっしょり[#「びっしょり」に傍点]身体中に流れている汗を拭うために起き出た事さえ一二度あった。
 房子は、とうとう[#「とうとう」に傍点]庸介に迫って響察署へ匿名《とくめい》の手紙を書かせた。しかし、何日まで待っても、むろん何の甲斐もなかった。
 そのうちに何時か房子も馴れて来たのでか、次第に初めのような気のもみようもしなくなった。
 幾カ月か経った。
 ある夕の事、それは日が暮れて間もなくであった。家の裏手の方で、急に房子のけたたましい悲鳴が聞かれた。「それ、何事が起った!」というので時を移さず家の者は一人残らず履物を穿かずに飛び出して行った。
 人々はどんなにか吃驚《びっくり》した事であったろう。房子は、物干のところで、まるで死体のようになって地べたへ打《ぶ》っ倒れていた。慌てて水を吹きかけるやら、気つけ[#「気つけ」に傍点]を飲ませるやらしてようやくにして蘇生させた。家の中へ連れ込んで来てからも
前へ 次へ
全84ページ中72ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 泰三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング