い事です。それは泥棒よりも悪いんです。人殺しよりも悪うございます。そうですとも確かに。……人殺しよりも悪うございますとも。……世界中で一番悪るい事です。一人残らず縛り上げてしまうがいいのですわ。」
「そう一図にお前のように云い初めたって……。」
 両親は娘をなだめようとしたが、
「人殺しの方がどれほどまし[#「まし」に傍点]だか知れないわ、……こんな事を何ともできないくらいなら巡査なんか無い方がいいんだわ。ほんとに、……何といういまいま[#「いまいま」に傍点]しい、何という憎々しい……」
 房子はどうしても黙ってはいなかった。
 昼間はついうっかり[#「うっかり」に傍点]忘れているが、夜になると、彼女はいつも深く部屋の中にとじ籠《こも》って、そして烈しい憤りに心をいらいらさせていた。恐ろしい大蛇のような者から附け覘《ねら》われてでもいるかのように気味悪るがって、矢も盾《たて》もなく不安でたまらなかった。
「そんな者の手にほんのちょっとでも触られる位なら、その前に死んだ方がましだ!」こんなに思った。
 ……一人の大きな荒くれた男と悪戦苦闘を続けているような夢をよく見た。……短刀をもってと
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