。」と云ったような一種もどかしい[#「もどかしい」に傍点]ような一種くすぐったい[#「くすぐったい」に傍点]ような心持ちがおどんで[#「おどんで」に傍点]いた。
「自分には、ほんとに思い思われるという仲になった人が一人も無かった。――この事は自分のこれまでの生涯にとって何よりもの大きな不足に相違ない。それが欠けていたばっかりに、俺のこれまでは無かったも同じようなものになって仕舞ったのだ、否、ほんとにそれよりも悪いのだ。……」
 自叙伝は、ほんの少し書き出されただけで放《ほう》ってあった。あとを続けようとして机に向っても心はいつもあらぬ事にのみそれて行った。ある時、ほとんど二時間近くも一字も書かずにぼんやり考え込んでいたのち、とうとう[#「とうとう」に傍点]次のような事を原稿紙に書き出していた自分を見出したのであった。
[#ここから2字下げ]
おゝ、美《うるわ》しき黄昏《たそがれ》よ。
お前は、私に何をしようとしているのだ。
それでなくとも、長い長い
悩ましさのために、
疲れ果てている私の魂は、
どんな小さなかどわかし[#「かどわかし」に傍点]にも
従うだろうものを。
………………………
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