ように思われたのであった。よく「美しい少年時代のあこがれ!」と云うような事が云われているが、今、彼の心には自分の少年時代が決してそんな姿をしては映って来なかった。その頃を思い出せば何もかもがあまりに浅墓すぎ、あまりに分別が無さ過ぎ、あまりに意地っ張り過ぎていて、一つとして慙愧《ざんき》の種でないものはなかった。
「これから先もやはりこの通りであるかも知れない。……そして俺の一生は終ってしまうのだ。」
 こうも思われた。つまらない生存だと思った。つくづくと世の中が味気なく感じられた。幾度となく大きな溜息を洩らしたりしているうちに、淋しい冷たい涙がいつか彼の両方の眼に浮び出て来た。……
 健康は間もなく回復された。雨は高く霽《は》れ上った。しかし彼は何かおびただしくがっかり[#「がっかり」に傍点]したようで、それからというものは仕事の方に少しも興が乗って来なかった。「何故にかく物淋しいあじきない世の中であるか。」そんな、とりとめもない思いが何日までも続いた。それでいて、どこか底の底の方では、「俺にはようく[#「ようく」に傍点]解かっている事があるのだ。……ただそれは口に出して云えないだけだ
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