、秋の薄日が追うようにして間もなく儚《はかな》いその光を投げてぱーっと現われ出たりした。雨が、まるで歩いているかと思われるようにして過ぎてゆくようであった。
庸介の机の側には大きな火鉢が新たに据えられた。彼は疲れて来ると、静かに筆を擱《お》いてそれに両手をかざした。
こうした気候の変り目に、ちょっと不用意をしたために風邪をひいてある日とうとう[#「とうとう」に傍点]床を起き出る事ができなかった。彼は寝ながら、これまで書いて来たたくさんの原稿の中からあれこれと引き出して読みかえしたりして一日を暮らした。その翌日も快くはならなかった。その日も前の日と同じような事をして寝ていた。が、しまいにはそれにも倦《あ》いて来た。何にもしたくなかった。で、原稿を枕元から押しやって静かに目をつぶった。
とりとめ[#「とりとめ」に傍点]もない事を小一時間も思いめぐらした後で、彼は小さな声で囁いた。
「俺もずいぶんといろいろ[#「いろいろ」に傍点]な事をして来た。……ところで、どこと云って美しい部分というものが一つもない。」
実際、彼には、自分や自分達のして来た事、なし得た事のすべてがあまりに醜かった
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