分の自叙伝を書いてみよう。あるいはその中に、自分の前途の暗示が見られないとも限らない。」
で、彼は、その日から、できるだけ詳細に自分の過ぎし時代のさまざまな事柄に探り入る事につとめた。そして思い出すがままにそれを一々原稿紙に書きつけた。時代がいろいろ[#「いろいろ」に傍点]に前後になった。彼は、最初はただ材料を集めるだけの考で、そんな事には関係なくどんどん[#「どんどん」に傍点]仕事を運んで行った。一つの端緒から手繰《たぐ》り手繰りしてゆくうちにそれからそれと五日間も書き続けてまだその項が終らないような事もあった。おのおのの項が終るごとにそれを一つに纒めて紙捻《こより》で綴じた。三週間もたたないうちにその原稿は積もり積って三四百枚にもなっていた。堆《うずたか》いその重《かさな》りを眺めてみずから驚嘆した。倦《う》む事なくなお熱心に続けて行った。
だいぶ冷え冷えして来た。ある朝、真白ろに霜がおりた。村雨《むらさめ》の時節がやって来た。雲が小暗《おぐら》く流れて来たかと思うと少しの堪《こら》えもなくすぐにばらばら[#「ばらばら」に傍点]と降りこぼれた。かと思うと跡から霽《は》れて行った
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