と睡眠とだけしかない。そして夜が明けて目を覚ました時、再び昨日と同じように一家打揃うて野に出て来るであろう。……それだもの彼等にとって何で国家の考などが必要であろう。何の思想が必要であろう。庸介にはこんなふうにも思われるのであった。それを、
「百姓は土の奴隷だ。」などと云う者があるとすれば、それはまるで見方を違えているというものだ。それはまるで別の世界から覗いて云った言葉で、彼等農夫自身にとってそれが何の意味でもありやしない。こんなふうにも思われるのであった。
 山の頂《いただき》は岩になっていて、このあたりには木がまるっきり繁っていない、で、展望が非常によかった。△△川がすぐ目の下で白くうねうね[#「うねうね」に傍点]と流れている。そこに白帆が列をなして幾つともなく通っている。橋の上をゆく人力車までが見える。今、通って来た耕原の中の人々がここから呼べば応じそうに近く見えた。遙か遠くに日本海が白く光って見えた。そこを航海している汽船や帆前船やが白い、黒い点となって見えた。そしてその向うには佐渡の山々が淡く浮いている。
 やや左手に独立した小山脈の一帯が青く見えてるほか、数十里という耕原
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