も深い睡りに入っていた。屋外には冷やかな夜が、空にきらめく数限りもない星々を静かにはぐくん[#「はぐくん」に傍点]でいた。
「何という淋しい酔であろう。」
 と、彼は口に出して自分自身に云った。しかし、何故かもっと深く酔って行ってみたかった。そこで、彼は再び立ち上って戸棚の中から、今度はウイスキーの四角な瓶をとり出して来た。肴《さかな》は? と思ったが何もあるはずがないので、机の上に置いてあった干葡萄の皿を引きよせて、それを摘《つま》んでぽつりぽつり[#「ぽつりぽつり」に傍点]やり出した。
 おいおいに目がちらついて来た。ランプの光線の赤いのが、たちまちにいっそう際立って来たように感じた。障子の桟が不規則に幽《かす》かに揺ぎ出した。これ等はすべて彼には愉快であった。……と彼の目の前に女の顔が一つぷい[#「ぷい」に傍点]と浮び出して来た。「房子だ。」と思う、とすぐにまたぷいと消えて行った。と思うとまた現われて来た。「おや、お志保だ。」かと思う間に今度はそれが母の顔に変った。そんな事を幾度か繰り返した。と、最後に現れたお志保の顔が、彼の目をじーっと視詰《みつ》めてにっこり[#「にっこり」に
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