場合にしても、悪を滅さなければ善がなり立たないように考えるのは誤ではあるまいか。善の生長、善の存立のために強《あなが》ちに悪を圧し、悪と戦わねばならぬような善なら、そんな善なら俺は賛成できない。……泥海の底で、真珠が自分の光を放っていたってそれでもいい訳ではないか。」こう思うのであった。
 その日は、初秋の風が朝から家のぐるりをさらさら[#「さらさら」に傍点]と廻っていた。家の前の大きな竹林が、ちょうど、寄せてはかえす海の波のような音を立ててざわめいて[#「ざわめいて」に傍点]いた。何となく遠い事がそこはか[#「そこはか」に傍点]となく忍び出されるような夜であった。この六年の間、いろいろに結びつき、また離れ合った彼、彼女、彼等、彼女等――都恋しい思いがたまらなく彼の胸に迫って来るのであった。
 彼は押入れの戸をあけて、一本の葡萄酒《ぶどうしゅ》の瓶をとり出した。そして、それを台のついた小さなグラスに汲んでちびりちびり[#「ちびりちびり」に傍点]とやり初めた。酔《よい》が快く廻って行った。
 母屋《おもや》の方はもうすっかり[#「すっかり」に傍点]燈火《あかり》が消えて、家の人達は誰もか
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