が、一時に長く鳴り出す。平安の夕べを讃美するように、またこの平安の耕原を祝福するかのように、あとを曳いて遠く物静かに響きわたる。……
「俺は、もう何にも云うまい。」こう、庸介は心に深くきめた。
「俺が、彼等に何をしてやる事ができるのだ、彼等は俺に何も望んでいるのではない。そしてまた、自分から云ってみても、彼等をみだりに乱したりする必要が何であろう。……飛ぶ鳥をして飛ぶ鳥の歌を唄わしめるがいい、野の草をして野の花を咲かしめるがいいのだ。何者がそれを妨げたり、それに手入を加えたりする事がいろう。……俺が今、どのような思想を持ち、どのような人生観を抱いていたからと云って、それはみんな俺一人のことだ。むろん、俺はそれを何者からも自由にさして置いて貰いたい。その代り、俺もまた、俺の思想、人生観のために他人をとやこう[#「とやこう」に傍点]しようとはしまい。通じ合い、融け合うものなら、おのずからにして通じ、おのずからにして融け合うであろう。我々はそれを待つほかないのだ。そうだ。自分が偉大になり、自分が成就《じょうじゅ》するのゆえをもって他を騒がし、他をそこねたくはないものだ。――例えば善悪のような
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