鹿な! 誰がそんな事をするものか。」父は云った。
「何だか、わたし、いやだね。」母が云った。
「庸介の云うようでは、まるで無責任きわまった話しだ。まったくさ。先祖代々の屋敷を畑にして良い位なら、何で私達がこれまでこんな苦労をして来たであろう。」たまりかねたようにして父が云った。
「しかし、私共がまたどこかで新らしい先祖となって行ったら、それで同じことではありませんか。――私などの考ではこういう事はできるだけ自由な、どうでもいいような気持ちでいられるのが一番幸福だと思うんですがね。」
「あゝ、厭だ。もう、そんな話しは止《よ》しにしよう。……そんな事を考えるとほんとに心細くなってしようがないから。……だから妾はいつもそう思っているんですよ。どうかして妾は誰よりも先きに死んでゆけばいいとね。……あとに一人ぼっちで残されたりしたら妾、ほんとにどうしよう。……」
 母が、こう云い出したので庸介は、自分が今何を云っているかという事に初めて気が附いた。「何という事だ。俺は実に何という馬鹿者なのだ。何の益にもならない、下らない事をしゃべり散らして、それがために父や母はどんなにか心を傷《いた》めておいで
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