なって行くのであった。そして自分の云っている事が自分ながらあまりに乱暴で、粗雑で、あまりに空元気のような気がしてならなかった。
 老医師は、おいおいと、自分の息子があまりに激越してゆくさまを愍《あわ》れに感じ出すのであった。そしていつの間にか、話題を巧みに他に滑らし行くのであった。
 庸介は、これらの議論の後に心の中で、静かに、
「いつか、俺の考をちゃん[#「ちゃん」に傍点]と纒めて書いてみよう。」こんなふうに云う事もあった。しかし、筆を執ってみると、各の思想と、各の思想との間には常に千万の距《へだた》りや矛盾やがあるように思われたり、言葉と言葉とがおたがいに相続き合う事を妙に拒《こば》みでもしているように感じられたりしていつも五行と書き進める事ができなかった。やがてその原稿を引裂いて投げ捨ててしまうのであった。
 時にはまた、父は静かな調子で「家」の事を庸介に話して聞かせた。
 この家では、いまだに相続する人が定っていなかった。というのは、長男の豊夫というのが今から十年ほど前に家出をして、そのまま今に、帰って来る事やら帰って来ないものやらそれさえ明らかでないのであった。彼は事業熱のた
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