いて何の渋滞もなかった。老医師の口から、ちょうど滑らかな物の上を水の玉が徐々に辷《す》べり落ちでもするかのようにいかにも流暢《りゅうちょう》に流れ出るのであった。そして、そのように喋舌《しゃべ》るという事、その事がすでに彼自身には何とも云えず愉快に感じられるらしくあった。
それに反して、庸介には、自分の考えてる事に一ツとしてこれと纒った形をしたものが無かった。それでいて、自分の面前でこんなふうに云い出されると黙っている訳にはいかなかった。父の云っている事は一から十までみんな反対しないではいられない事ばかりのように感じられた。それに、何よりもその悠揚《ゆうよう》とした話しぶりが彼には堪え得られないものに思われた。彼には、すべての真理というものがこんな風に流暢に語り得らるべき性質のものでないようにさえ思われた。こういう時には、彼はやや激して、鋭く叫び出すのが常であった。
「あなたのおっしゃる[#「おっしゃる」に傍点]ようでは、それではまるで日向《ひなた》ぼっこです。……生きながらにして美しい笑顔をしたミイラにでもなれ、という事と同じです。そんな事が我々にできましょうか。……第一、退屈で我
前へ
次へ
全84ページ中41ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 泰三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング