のために、不思議にも今まで自分に附き纒うていた厭《いと》わしい影が一時に跡もなく消えて行ったように思われた。……永遠に。何だか笑い出したくなって来た。じーっとそれを口の中で堪《こら》えていても、次第に、それはどうしても堪えきれなくなって来た。彼女はとうとう[#「とうとう」に傍点]真赤になってふき[#「ふき」に傍点]出してしまった。
六
郵便の配達は、日に二回ずつしかなかった。午前の十時頃と、午後の三時頃と、この時刻になると、彼はいつもうろうろ[#「うろうろ」に傍点]と玄関のあたりを行ったり来たりして少しも落ち着いてはいられなかった。それは、傍《はた》の人達の目にもそれと気がつくほどであった。配達夫が門の中へ入って来ると、きまって彼がそれを受取りに出た。そのくせ、その中に自分の分があってもすぐにそこで開いて見るような事は決してせず、その場は妙に済まし切った顔附をして一まず自分のふところの中へ納めてしまうのである。そして、どうかするとそのまま自分の部屋へ引込んで、そこから長い間出て来なかったりする事があった。
この事を、彼の母はひどく気にした。息子に何か自分達の知らない秘
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