時間の間、安易な、日常茶飯の気分が保たれた。
二
父は往診に出ていて、まだ帰宅していなかった。
庸介は暑苦しいので、着て来た洋服をすぐに浴衣《ゆかた》に替えた。そして久し振りの挨拶が一通りすむと、絵団扇《えうちわ》で襲いかかる蚊を追い払いながら、
「明るいうちに着きたいと思いましたが、汽車の時間をすっかり間違ってしまったので、それで………」こう云った。
しかし、それは、全然、嘘であった。庸介を乗せた汽車はその日のお午少し過ぎた頃にこの家から一里半ほど距《へだた》った所にある淋しい、小さな停車場へ着いたのであった。そしてその時、彼は確かにそこへ下車したのであった。赤帽のいない駅なので、自分のお粗末な革鞄《トランク》をまるで引摺《ひきず》るようにして、空架橋の線路の向う側からこっち側へと昇って降りて来た。改札口を出ると、一人の車夫を探し出して来てそれに荷物を運ばせて、停車場前に列《なら》んでいる、汽車の待合所を兼ねた小さな旅舎《はたご》の一つへと上って行った。そしてそこでお茶を命じ、喰いたくもない食事を命じ、それからひどく疲れたから、などと云って、旅行用の空気枕を取り出
前へ
次へ
全84ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 泰三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング