は知っているはずはなかった。)が慎《つつ》ましやかに坐って自分を仰ぎ見ているのに気がつくと、彼は「そうだった。」と思った。「どなたさまでいらっしゃいますか。……どちらからお出になりましたので?」少女は黙ってはいるが、その顔の表情が確かにそう云っているのが解かった。彼はあわてて、少しまご附いて、意味もなく、
「あ、私は……。」こう云った。が、ひどく手持不沙汰なのでそのまゝ口を噤《つぐ》んでしまった。ちょうどその時、
「まあ、兄さんだわ。……兄さん!……ほら、やっぱり妾《わたし》が当ってよ。」こう云って妹が元気よく走り出して来てくれなかったら、彼は、飛んでもない、重苦しい翻訳劇の白《せりふ》のような調子で、不恰好《ぶかっこう》な挨拶を云い出したかも知れなかったのである。
 祖母、母、今年十二歳になる姪《めい》の律子などが珍らしがって我慢なくそこへどやどやとやって来た。
「どんなに待ったか知れなかったわ。むろん、先月のうちだとばっかり思っていたのよ。」
 荷物を内へ運び入れながら、妹は無邪気な、馴々しい調子で云った。これが不思議にも堪え難い窮屈さから救い出してくれた。そしてそれからずーッと数
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