るさと」に傍点]へ帰って来たのだ!」彼は、心の中でこう自分自身に力附けようとした。
誰もそこへ出て来る者がなかった。彼はそこに突立ったまま、何と言葉を発していいか、また、何としていいか自分に解からなかった。「来るのではなかった。やっぱりここは俺の来る所ではなかった。そうだ。……否、まったく何という馬鹿げた事だ。この家は俺の生れた家だ。……それ、その一間《ひとま》を距《へだ》てた向うの襖《ふすま》の中には、現在この俺を生んだ母が何か喋舌《しゃべ》っているではないか。それがこの俺の耳に今聞えているではないか。そら! その襖が開くぞ。……そして、それ、そこへ第一に現われて来るのが、……お前の帰るのを一生懸命に待っていてくれた妹の房子だ。……六年目に会うのだよ。どんなに大きく、可愛らしくなっている事だか。……」そこへ、自分の荷を運んで車夫が入って来た。色の褪《あ》せた粗末な革鞄《トランク》をほとんど投げ出すように彼の足許《あしもと》へ置くと、我慢がしきれないと云ったように急いで顔や手に流れている汗を手拭でふいた。
取次ぎに出て来た一人の少女(それが小間使で、お志保というのであるという事を彼
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