え去りはしなかった。この問題はまた父の前にも持ち出された。父は、娘の云う事を静かに聞き終ると、その最後のところへ封でもしてやるかのように、厳重な語調をもって、しかもいかにも慈愛の籠った声で、
「房子や、お前には何の不足しているところはないのだよ。たゞ、少しばかり身体が弱いだけだ。これとて気遣う事などは少しもない。これからは私達の側で、できるだけ身体を動かすような事をして、できるだけ日光に当るような工風《くふう》をして、そしてもう少し丈夫になってくれさえすればよいのだ。それですっかり良くなるのだよ。ね、房子や。そのほかの事は何もかも私達にまかせて置きさえすれば良いのだから。」こう云うのであった。
 父は、彼女に、屋敷続きになっている一つの畑を与えた。それへ数種の果樹を植えてやった。苺《いちご》の苗を買ってやった。草花の種子や球根やをいろいろ遠い所からわざわざ取り寄せてやった。鍬《くわ》や、鎌や、バケツや、水桶や、如露《じょろ》や、そう云ったものを一式揃えて持たせた。……間もなく彼女はこの仕事(?)にかなり深い興味と趣味とを感じて来た。うっかり[#「うっかり」に傍点]しているとすぐに夥《お
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