緑色の陽炎《かげろう》がはっきり[#「はっきり」に傍点]と認められた。右手には美しく光る青田が限りもなく続いていた。他の方面に、そこにはキャベツ畑の鮮明な縞があった。近い南瓜畑《かぼちゃばたけ》では熊蜂のうなる音がぶんぶん聞えていた。高く葦を組んでそれに絡《から》み附かせた豌豆《えんどう》の数列には、蝶々の形をした淡紅色の愛らしい花が一ぱいに咲いていた。農夫とその女房達やが、そこここに俯向《うつむ》いて何か仕事をしていた。とは云え、これ等は何も決して物珍らしい景色というのでもなかった。ことにこれは、彼にとってはこれまでに飽きるほども眺めかえされて、……と云うよりはむしろ、あまりに親しいがままにかつてはことさらに眺めるという事さえなかったほどのものであった。それだのに彼は今ここに立って、云うばかりない清新の感にうたれて子供のように歓《よろこ》ばしくなって来た。それがために、自分の現在のさま/″\の事も何もかも一遍にどこかへ消えて行ったかとさえ彼には思われたほどであった。
彼は、畑と畑との間を辿《たど》って進んだ。河骨《こうほね》などの咲いている小流れへ出た。それに添うて三四町行くと、そ
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