劣な事だ!」と思った。「まるで会話の体をなしていないじゃないか。」とさえ思った。彼は、さっきから、今度自分がこうして帰って来たことについて、それから、先日、父の送ってくれた為替券のことについてそれとなく一言言い及びたいと思っていた。そうでないといつまでも中途半端な所に落ち着かないでいるようで、いかにも気が済まなかった。しかし父の方では、何の怪我もなくこうして彼が帰っている事であれば何も大して案じる事もなかった。今は、彼に、もう一度世の中へ勇ましく出発してゆくだけの勇気を得させるようにひたすら努めさえすれば良いのだと、こう思うているのであった。
彼がもじもじしているうちに、また、父の方から口を開いた。しかし、今度は今までよりもやや厳格の調子であった。とはいえ、やさしく、
「お前が帰って来てくれてちょうど良かったんだ。私は今、ある翻訳を初めているんだ。――なあに、同業者の間に出しているある雑誌から頼まれたのだ。――ところが、この頃は絶えて物を書いた事がないので文章がどうしてもうまくいかないのだ。それにはほとほと弱っている。……急ぐのではないが少し落附いたら、一つそれを読み良いように綴り合
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