そうした気分を打ち破ろうと努めていた。で、次のような事を云い出した。
「道中はどうだったな。信州の山々は今はちょうど青々と茂り合っていて、さぞ気持がいい事だったろう。……新聞でみると浅間山がこの頃だいぶ穏《おだやか》でないように書いてあるが、よっぽどさかんに煙をふき出しているかね。」
「そうですね。私が通った時には、ちょうど煙が見えませんでしたが、汽車へ乗り込んで来たその土地の人の話では、何でもひどい時には上田の町あたりまでも灰が降って来るという事ですね。それがために今年はあの地方の養蚕《ようさん》がまるで駄目だという事です。」
「そうか。」
「桑の葉が灰だらけになってしまうのだそうです。」
「なるほど……。」
 庸介は、限りなく空虚な感じがした。まるで自分自身の口で物を云っているのではないようにさえ思われた。自分のそばにもう一人、誰か他の人がいて何かしゃべっているとしか思われなかった。
「何しろ、十五六時間も汽車に乗り通したんでは、さぞ疲れた事だろう。」
「え、おかげさまで、今朝はとんだ寝坊をしてしまいました。つい、今しがた起きたばかりなんです。」
「はゝゝゝ」
 庸介は「何という拙
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