れを長く続けていられないんだもの。何か思おうとしてもちっとも甘《うま》く思う事ができやしない。こんな風だと、かえってだんだんわたしの頭が悪くなってゆくばかりだわ。……わたし、この上にまた、気でも狂うような事でもあったらどうしよう。それでなくてさえ、『あんな事』があった身だのに。……何という情ない事になったのだろう。」と云って、気をもんでは泣き出した。
屋外には峻酷《しゅんこく》な冬が、日ごと夜ごと暴れ狂っていた。世界はすべて、いやが上にも降り積もる深雪の下に圧《お》しつぶされて死んだようになっていた。
ある夜、その夜も屋外はひどい吹雪《ふぶき》であった。ちょうど真夜中とも思われる頃、房子が彼女の部屋の中で急にけたたましい声で、
「……早く、早く、誰か起きて下さい。……それ! そこへ逃げて行く。」こんな事を呼び出した。
隣りの部屋に寝ていた両親は驚いて、寝巻のままで走って行った。房子は土のような顔色をして、闇の中に怪しげにぼんやり[#「ぼんやり」に傍点]立っていた。どうしたのかと聞いてみると、今、自分がふと[#「ふと」に傍点]目を覚ましてみると、自分の床の中に一人の男が入っていたのに気がついた、そしてそれはいつから入っていたのだか自分にもわからなかった。……自分が驚いて飛び起きるとその男は慌ててどこかへ逃げて行ってしまった。というのであった。そして彼女は、
「事によると、先達《せんだって》の男かも知れません。きっとそうです。……そこから逃げ出たのに相違ありません。」と云って、小窓の方を指差した。が、むろん、そのあたりに何の異常のあろうはずはなかった。
それから一週間もすると、彼女は、自分の腹の中に何か一つの塊ができて、それが時々訳の解からない事を自分に言いかけるようだ、と云うような事を言い出した。
父はひどく狼狽《ろうばい》した。
「いよいよ駄目だ! 病院へ入れるほかあるまい。……あゝ実に情ない事になってしまった!」
ほとんど泣き出しそうにして言った。
母は、仏壇や神棚へお燈火《あかし》をあげてお祈りした。
空は、いつも重く垂れていた。太陽は幾日となくその姿を見せなかった、物を裂くような唸《うな》りをあげて寒い風が時折過ぎて行った。そのたびに、幾重にも戸をとざしてある家が、がたがた[#「がたがた」に傍点]と鳴って揺れた。
十三
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