だって本当に良い事かも知れないのだ。しかし、お前は生来弱い。何んでそんな労働などができようぞ。思いもよらぬ事だ。……ほかにまた方法もあろう。とにかくいったんこっちへ引上げたらどうだ。そして静かに前途を測《はか》るとしたらよかろう。」
 こう云う意味の事を書き、それにその旅費にもと云って金弐拾円の為替券《かわせけん》を封じ込んでよこした。これは、田舎に多少の田地も持ち、その上にかなり立派な医院を開いて、やって[#「やって」に傍点]いる彼の父としてこれ位の心附きは何の不思議でもない事であった。とはいえ、その手紙を受取った時には、彼はしみじみ[#「しみじみ」に傍点]と有難く、その暖かい情に我れ知らず涙を流して泣いた。
 彼は、自分自身に向って幾度となく云った。
「破廉恥《はれんち》な事をしたのではない。俺は何の罪を犯したと云うのではない。」
 しかし、あまりに意気地がなさ過ぎると思った。また、一ツには自分のこうした帰郷が、平穏な両親の家へ一ツの暗い、醜い影を投げ付ける事になりやしないだろうかを憂えた。
 親切を懼《おそ》れるのは善くない。――だが、なろうことなら、自分の悲惨を家の人達に際立って感じさせたくないと思うた。それにはできるだけ、強い感動を家の人達に与えないようにして家へ帰り着くことが必要である。驚かさないようにするのが何よりだと考えた。彼が特に夜を選んで帰って来たのは、こうしたわけからであった。ちょうど、八時頃にはいつもごたごたしていた一日中の事に一段落が付いて、家の者が茶の間へ集って茶でも飲みながら心静かに四方山《よもやま》の話をしているだろうと云う事を、彼は、自分もかつてよくそうした仲間の一人であったのでよく知っているのであった。

     三

 庸介はぐっすり寝込んで、翌朝九時過ぎになってようやく目を覚ました。と、妹の房子がさっそく部屋へやって来た。
「まあ、お早いんですね。」こう云って笑い出した。彼女はいかにもおかしさに堪えられないと云ったようにいつまでも笑い続けるのであった。彼も、ついそれに釣り込まれて、何という事もなく、
「は、は。」と声を出して笑った。
「この部屋はひどく日が当るんで、もう少しすると大変なんだわ、暑くて。それはとても寝てなんぞいられやしないのよ。」こう云ってまた、房子は笑った。
 庸介は朝の食事を一人でした。それがすむと、房子が
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