、その園の一隈にあるベンチの上へ並んで腰をおろした。
 庸介は非常に爽やかな気持ちになって来た。それと同時に、妹の房子がこれまでになく可愛らしく感じられて来た。彼女は、その辺にある、まだ花を附けない二三の草花について説明をした。それから、どうしたのだか、そのベンチのすぐ側の所に植えられてある、咲き揃うているスウィート・ピーの花にじっと見入りながら黙り込んでしまった。兄は、妹のそのようすに気がつくと、「このような、可憐《いたいけ》な少女の心にも何かなやみ[#「なやみ」に傍点]と云ったようなものがあり得るものだろうか。」と思った。「もしも、実際にそんなものがあるのだとすれば俺の力で何とかそれを今すぐに除き去ってやりたいものだ。」心の中で静かにこう云った。しかし、彼は、そんな事は素振りにも見せずに、
「何て綺麗なんだろう。そして、まあ、何て可愛らしいんだろうね。この赤い花は!」
 うぶ[#「うぶ」に傍点]毛の生えている妹の白い手を執《と》らぬばかりにして、こう云った。
 こう云われて房子ははっ[#「はっ」に傍点]とした。そして懶《ものう》げに、とは云えいかにも懐かしげに、
「え。わたしはこの花が大変に好きなんですのよ。」と、云った。
 彼女は、先刻から、いつか一度は試してそれに対する兄の意見を訊《き》いてみようと思っていた例の自分の唯一の問題についてしきりに考えていたのであった。兄さんこそは本当に自分の心に納得《なっとく》できるような答をしてくれる人だと、ずーっと以前からそう思うていたのであった。兄さんは、何と云っても自分の知っているすべての中での一番立派な思想家なんだ、とは彼女の堅く信じている所であった。それに兄さんは誰よりも今の若い人達の心をよく知っている。そして事実、東京で若い多くの女のお友達もおありの事であったろうし……こんなふうにも思うているのであった。――いつか云い出そう、云い出そうと思いながら、いつも良い機会を見出せないでいたのを、今こそはもっとも良い時だと、先刻、最初に兄の顔をちら[#「ちら」に傍点]と見た時にすぐにそう思ったのであった。
 幾度か口の中でためらった[#「ためらった」に傍点]揚句《あげく》、
「妾《わたし》ほど不用な人間は一人もありませんわ。……妾は自分が哀れで堪まりません。……妾は何をしたら一番善いのでしょうね。兄さん。どうぞ、それを教え
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