て下さい。いゝえ。兄さんはきっとそれを知っていらっしゃいます。」
 羞《はず》かしさのために顔を真赤にして、両の眼には涙さえ浮べながらやっと[#「やっと」に傍点]これだけを云う事ができた。しかし、彼女自身は自分が今、何を云ったのだかよくは解らなかった。庸介は今度は本当に妹の手に触れた。それを自分の両方の手の間へしっかり握りしめながら、少しの間を措《お》いた後、精一杯な爽快さを声に表わして、
「お前の云う事はみんな間違っている。ね、房子。今、お前の云ったような事は、それは、醜く生れついてそれでいつも退屈ばかりしている者の云う事だよ。……それだのに、お前のようにこんなに美しい可愛らしい人が、何でそんな事を云う事があろう。お前は、自分の美しい事ばかりを思うていればそれで良いのだ。一生涯。……それがお前のしなければならない一番善い事なのだ。……ね、房子。わかったかい。」
 こう云って、彼は[#「彼は」は底本では「彼に」]妹の手に接吻を与えてやった。
 房子には、自分がからかわれて[#「からかわれて」に傍点]いるように思えた、しかしそれがまた、何だか馬鹿に嬉しいようでもあった。そして兄のこの一言のために、不思議にも今まで自分に附き纒うていた厭《いと》わしい影が一時に跡もなく消えて行ったように思われた。……永遠に。何だか笑い出したくなって来た。じーっとそれを口の中で堪《こら》えていても、次第に、それはどうしても堪えきれなくなって来た。彼女はとうとう[#「とうとう」に傍点]真赤になってふき[#「ふき」に傍点]出してしまった。

     六

 郵便の配達は、日に二回ずつしかなかった。午前の十時頃と、午後の三時頃と、この時刻になると、彼はいつもうろうろ[#「うろうろ」に傍点]と玄関のあたりを行ったり来たりして少しも落ち着いてはいられなかった。それは、傍《はた》の人達の目にもそれと気がつくほどであった。配達夫が門の中へ入って来ると、きまって彼がそれを受取りに出た。そのくせ、その中に自分の分があってもすぐにそこで開いて見るような事は決してせず、その場は妙に済まし切った顔附をして一まず自分のふところの中へ納めてしまうのである。そして、どうかするとそのまま自分の部屋へ引込んで、そこから長い間出て来なかったりする事があった。
 この事を、彼の母はひどく気にした。息子に何か自分達の知らない秘
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