こに巾の狭い木橋が架《かか》っていた。そこからほど遠からぬところに、さほど広くもないが年中びしょびしょ[#「びしょびしょ」に傍点]している一つの荒地のあった事を思い出したので、彼はそれを目あてに歩いて行った。その場所は、今はだいぶすでに開墾されて立派な畑地になっていた。それでも残余の部分には、一面に雑草が繁り合い、所々に短かい葦などが生えていたりして、どこかにまだ昔の面影が忍ばれた。赤のまんま[#「赤のまんま」に傍点]や、金ぽうげ[#「金ぽうげ」に傍点]などが昔のまゝに多くそこに認められた。
彼は、そこに大きな柳の樹が一本あった事を忘れる事ができなかった。が、それはもう見られなかった。その柳の樹には、彼が幼年時代のもっとも鮮《あざや》かな思い出の一つが宿されていた。それは、歳月とともに次第に薄らぎ滅びてゆく過去の多くの記憶の中に、それのみは独ります/\生々と光を増して来るような種類のものであった。
――彼は、まだ九歳か十歳であった。春の日のある暮れ方二三の遊び友達と遊んだあとで何かつまらない落し物を探していた。その時はそこに自分一人だけであった。と、ふと[#「ふと」に傍点]した機《おり》に、彼はその大きな柳の樹の根元の草叢《くさむら》の中に雲雀《ひばり》の巣を見つけ出したのであった。彼は躍り上るようにして喜んだ。どうしようと云う訳もないのだが、たゞむしょう[#「むしょう」に傍点]と嬉しくて胸がいたずらにどきどき[#「どきどき」に傍点]するのを覚えた。藁屑や、鶏の胸毛や(人間の女の毛なども混じっていた)で巧妙に造られたその巣の中には、灰色の小さな卵が、三個まで数えられたのであった。親鳥が自分の頭の上でしきりに鳴いていた。それに気がつくと彼は、つとそこから離れた。それは、この巣の主が、この乱暴者のために自分の巣を窺《うかが》われている事を知って、それを酷《ひど》く怖《おそろ》しがってその日から巣も卵も捨ててどこかへ逃げてしまいはしないかと思ったからであった。そして彼は、
「まるでうまい工合に深く草の中に隠れていやがる。これでは誰の目にも決して入りはしない。」こう囁いて、その日はそのまま家へ帰って来た。明くる朝、そっとそこをみまってみると、急に巣の中から親鳥が一羽飛んで出た。
「あ、母親だ。」彼はこう云った。そして「卵を温めていたんだな!」と思った。毎日同じようにして
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