運び出してゐる。人足共の蟻《あり》の行列の末は埠頭《はとば》に繋《つな》いである大きな汽船の中へと流れ込んでゐる。……
 ある年の夏の初め、欣之介のゐる離家《はなれ》の横手にある灰汁柴《あくしば》の枝々の先端《さき》へ小さな粒々の白い花が咲き出した頃の或る日暮方、革紐《かはひも》で堅く結《ゆは》へた白いズックの鞄《かばん》が一つ、その灰汁柴の藪蔭《やぶかげ》に置いてあつた。が、誰もそれに気づくものがなかつた。そして、その翌朝《よくあさ》、下男の庄吉が庭掃《にははき》に出た時には、それはもう失くなつてゐた。
 その日から、欣之介の姿はそのあたりに見ることが出来なかつた。

       五

 更らに又十幾年かの歳月が経《た》つた。
 その間に、村では、宇沢家の老主人が亡くなり、その後を次男の敬二郎が相続し、病身の大学生が死に、欣之介のところへよく話しにやつて来た小学校の教師が永年の勤続の結果として校長にあげられたりした。が、それ等は何れも如何《いか》にも尋常に、少しの際立《きはだ》つことなく、いつも穏かに取片附いてゆき、そこには殆《ほと》んど何の推移もなかつたやうにさへ思はれた。
 家
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