彼は、いつもきまつて、何ものかに祈祷《きとう》を捧《さゝ》げたいやうな、涙ぐましい気持ちになるのであつた。

       三

 欣之介が予定してあつた春に、園《その》の林檎が花をつけた。その美しい淡紅色の花が、嘗《か》つて見たことのない村人の眼を驚ろかした。小作人のあるものは、「ひよつとしたら、若旦那の計画《もくろみ》がうまく成功するやうな事になるのではないか。」などと、愚かな心配をしながら囁《さゝや》き合つたりした。
 微風《そよかぜ》が日毎《ひごと》林檎林を軽く吹いて通つた。欣之介はその中で何かの仕事をしながら、「眼には見えないが花粉がうまい工合に吹き送られてゐるんだ!」と思ひ、人知れず心の中で微笑した。
「いよ/\これからだ。」
 が、丁度その頃から、彼と彼の父との間に、金銭上の事で何かごたごた[#「ごたごた」に傍点]した不機嫌な会話が屡々《しば/\》取交《とりか》はされるやうになつた。
 父は、初めから忰《せがれ》の企画《もくろみ》を賛成してはゐなかつた。忰が生涯を捧げようとまでしてゐる理想に対しても、たゞ、ほんの若い者の気紛《きまぐ》れ位にしか考えてゐなかつた。父は二言目
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