上げられて再び小作人たちの手に委《ゆだ》ねられた裏の畑地は、何事も起らなかつたもののやうに、間もなく、以前と少しの変りもない旧《もと》の姿に復《かへ》つて行つた。こま[#「こま」に傍点]/\した幾つかの小さな畑に区劃《くくわく》され、豆やら大根やら黍《きび》やら瓜《うり》やら――様々なものがごつちや[#「ごつちや」に傍点]に、風《ふう》も態《ざま》もなく無闇《むやみ》に仕付けられた。小作人たちは其処《そこ》で再び彼等独有な、祖先伝来の永遠の労苦を訴へるやうな、地を匍《は》ふやうに響く、陰欝《いんうつ》な、退屈な野良唄《のらうた》を唄ひ出した。そして、その周囲《まはり》の物懶《ものう》げな、動かし難い単調が再びそこを蔽《おほ》ひ尽してしまつた。
永い一日の間に、ほんの一寸した雲の切目から薄い日の光が、ほんの一寸の間《ま》ぱーつと洩《も》れて来た。と思ふともう消えてしまつた。欣之介の傷ついた心には、その後の曇天が以前にも増して一層暗欝に一層|厭《いと》はしいものに感じられた。彼は、世に容《い》れられない不遇の詩人のやうに徒《いたづ》らに苛々《いら/\》した。悩ましい、どうしようもない、悲しい一日々々を重ねた。しかし、彼の内部に一度巣くつた憧憬《しようけい》は、やがてまた新らしい形となつて頭を擡《もた》げ初めた。
「此地《こゝ》でない、どこか他《ほか》の処《ところ》に広々とした、まだ何者にも耕し古るされてゐない新鮮な沃野《よくや》が拡がつてゐる。そこには旧《ふ》るくさい不自由な式たり[#「式たり」に傍点]、何とも知れず厭《いや》な様々な因縁《いんねん》――邪魔をするものが何もない。思ひのまゝに力一ぱいに仕事をすることが出来る!」
青年の心は再び新らしく呼び起された。彼の机の上に、オーストラリア、カリフォルニア、テキサス、ブラジル……さういふ国々の土地に関したことを書いた書物が幾冊か取集められた。それ等の書物の中に、方々の耕作地や、牧場や、山林や、港やの写真が沢山載つてゐた。その中の一つには、人間《ひと》の背丈《せい》の三倍もあるやうな高さの綿花《わた》の木が見渡す限り涯《はてし》もなく繁つてゐる図があつた。と、他の一つに――これは何処《どこ》かの港の図で――何か袋につめた収穫物が大きな丘のやうに積み重ねてある。それを大勢の人足共がその周囲《まはり》に集つて端から/\と
前へ
次へ
全13ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 泰三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング