だらけな、醜態《ぶざま》な土地が残された。
畑の中央部に在《あ》つた可愛らしい小さな家も無論取こぼたれた。それを取囲んでゐた薫《かぐ》はしい香《にほひ》を放つ多くの草花は無造作に引抜かれて、母家《おもや》の庭の隅つこへ移し植ゑられた。
この騒ぎの最初の日、欣之介は自分の家に留《とどま》つてゐるに堪《た》へない気がして、朝から隣家《となり》の病身の大学生のところへ出かけて行つた。友達は以前から見るとまた一層弱つてゐた。この分ではとても長くは生きられない、などと自分から言つて嘆息していた。そして、落胆《がつかり》して、悲観してゐる欣之介に対しても寧《むし》ろ「君などは身体がいゝんだから、これからだつて何をしようとも好きだ。」と云つて羨《うらやま》しがつてゐた。
そこへ、午後になつて、小学校の教師が学校の帰りだと云つて訪《たづ》ねて来た。
「今、お宅へ伺つたら、こちらだといふ事でしたから。……一寸《ちよつと》畑の方をのぞいて来たんですが、まあ、何と言つたらいゝんでせうかね。僕等のやうな弱い心臓《ハート》を持つた者には、とてもあゝした痛々しい光景を立止つて見てゐるに堪へませんな。」こんなことを言ひながら、二人の間に置いてある火鉢《ひばち》の上へ白堊《チョーク》の粉のついた手を差翳《さしかざ》した。
この人は――運命はこの人にだけ何時も心地《こゝち》よい微風《そよかぜ》を送つてゐるやうであつた――その後間もなく互ひに思ひ合ふ人が出来、やがて願ひが叶《かな》つて結婚の式をあげ、今では既に二人の幼い者の父親でさへある。しかし、彼の物を言ふ調子は昔と少しも変らなかつた。
「だが、今度のことだつて考へてみれば――、僕は思ふんです――あなたにとつては全く何の損失でもありませんよ。たゞ、徒《いたづ》らに悩ましい青春が去つただけです。ほんとに事をなさるには、これからです。」
欣之介は物をいふ元気すらないと云つたやうに、妙に真面目な顔をして、黙つて沈みこんでゐた。
秋の末のことで、霙《みぞれ》でも降つて来さうな空合ひであつた。林檎林《りんごばやし》のところ/″\に焚火《たきび》がされてゐた。その火が、三人の話してゐる大学生の部屋の窓からチラ/\見えた。そこから起つて来る日傭人《ひようにん》たちの明つ放しの高笑ひ混りの話声が、意地悪く欣之介の耳について離れなかつた。
欣之介から取
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