@ (二)ゴールの歸途セイザアの渡りし河
(三)ピラミツド戰爭に敗れし土兵
(四)アルプス山中の峻路、所謂セイント、ベルナードの險
(五)伊太利にあり、墺兵大敗せし戰塲
(六)墺魯の連合軍こゝに大敗す
(七)ワグラムに墺軍敗れ、イェーナに普軍敗る
(八)魯軍大敗の地、以上はナポレオンの最も光榮なる戰勝地なり
(九)征魯軍退陣の途、こゝに風雪の難初まる
(十)モスコウ府内の宮殿、ナポレオンこゝに陣を取る
(十一)ヲータアロウ丘上同盟軍凱勝の紀念として金獅の像を建つ
[#ここで字下げ終わり]
花と星
ゆふべわが世を見おろして
星は語りぬ「あゝ花よ
憂のしづくつらからば
とはに喜び盡きせざる
大空高く昇らずや」
しほれしおもわ振りあげて
花は問ひけり「あゝ星よ
とはに喜び盡きずてふ
みそらのをちや涙なき」
星はいらへぬ「あらずかし」
「涙あらずば戀あらじ」
花はいなみぬうつむきて
「わが世の憂さもあれや
とはに喜び盡きずとも
戀なき里をなにかせむ」
――――――――
浮世の戀
ゆふべ思にかきくれて
眺むる空の雲幾重
紅染めし夕榮の
色いたづらに消果てゝ
畫くは何の面影ぞ
流るゝ光沈む影
傾く齡手の中に
嗚呼ひきとめむすべもがな。
佛は説きぬ娑羅双樹
祇園精舍の鐘のねも
その曉に綻びし
別れの袖をいかにせむ
更けてくるしむ待宵の
涙なみだに數添て
さても浮世の戀ぞ憂き
さても我世の戀ぞ濃き。
名殘の袖の追風の
行衞いづくと眺むれば
春やむかしの川柳
緑のおぐし今更に
ふけて亂れて絆れては
鏡も何ぞいさゝ川
見ずや踏入る一足に
こゝも移ろふ世の姿。
里飛びたちし鶴の子が
去りて歸らぬ松|一株《いつしゆ》
花なき色は替らねど
枯れては恨む糸櫻
吹くや淋しきすさまじき
幾代浮世の風のねに
命の汀眺むれば
寄するも憂しや老の波。
その仇波の寄せぬまに
花のかんばせ星のまみ
燃ゆる思と熱き血と
そのまゝ共に消えよかし
願空しきとこしへの
不變の戀よ不死の美よ
詩人の夢をいかにせむ
天使の幸をなにとせむ。
虹の七色空の色
染むるかしばしうたかたを
旭日の光てらすとき――
あゝ喜びかまがつみか
幸か恨みか分かねども
戀よ我世の春の夢
さめなばよみの門口に
「生ける」屍を誘へかし。
登高
烟は沈み水咽ぶ
五城樓下《ごじやうろうか》の夕まぐれ
高きに登り佇めば
遠く悲雷《ひらい》の響あり
心の空に吹き通ふ
風の恨に誘はれて
色こそ悼め夕雲の
嶺に歸るもなつかしや。
十年《ととせ》は夢かまぼろしか
時の流は絶えねども
レーズの水は世に湧かず
むかしの思忘られで
今はたこゝにわれ一人
夕日の前に佇めば
染むとも見えぬ秋の色に
山々高し水遠し。
夜
あらしを孕む黒雲に
吐かれて出でし夜半の月
よみの光をほの見せて
片破の影ものすごや。
見えぬ翼に「時」飛びて
迷を散らし夢を捲き
街《ちまた》に烟ぶるともしびは
暗に疲れて眠り行く。
我世の涙そらの露
含みて星も隱れ行く
心の暗に照らざらば
消えよ光の甲斐やなに。
神よ問はなむぬばたまの
「夜」のもすそに包まれて
咽ぶ涙は幾何ぞ
靜けき夢は幾何ぞ。
小兒
くしく妙なるあめつちの
何に譬へむをさなごよ
清き、いみじき、美はしき
汝がこゝろねを面影を。
薫ほるさゆりの花片に
おくあけぼのゝ白露か
緑色こき大空に
照るくれなゐの夕づゝか。
霞の裾に波絶て
靜けき春のあさなぎか
雲雀の床と萠えいでゝ
野邊をいろどる若草か。
我世の秋の寄するとき
紅にほふかんばせに
愛の光をかゞやかす
なれはのどけき春の日か。
我世のあらしあるゝ時
蕾とまがふ唇に
天女の歌を響かする
汝《な》はそれ生ける音樂か。
人のわびしく老ゆる時
こゝろときめく口づけに
若きいのちを吸はしむる
なれは盡きせぬとよみきか。
人の愁にしづむ時
息柔かくあたゝかく
樂土の風を匂はする
汝はとこしへの花の香か。
赤壁圖に題す
首陽の蕨手に握り
汨羅の水にいざ釣らむ
やめよ離騷の一悲曲
造化無盡の藏のうち
我に飛仙の術はあり。
五湖の烟波の蘭の楫
眺めは廣し風清し
きのふの非とは誰れかいふ
松菊《しようきく》庭にあるゝとも
浮世の酒もよからずや。
月《つき》江上の風の聲
むかしの修羅のをたけびの
かたみと殘る秋の夜や
輕きもうれし一葉《いちえふ》の
舟蓬莱にいざさらば。
夏の川
野薔薇にほひて露散りて
夕暮淋しいさゝ川
心の空に消殘る
昨日の春を忍ぶれば
いかに恨みむあゝ夏よ。
螢流れて水すみて
夕暮凉しいさゝ川
心の空の浮雲を
拂ふ凉かぜ音さえて
いかに戀せむあゝ夏よ。
漣織りて月照りて
夕暮たのしいさゝ川
流れ/\て行く水に
秋も近しと眺むれば
いかに惜まむあゝ夏よ。
青葉城
秋はうつろふ樹々の色に
名のみなりけり青葉山
圖南の翼風弱く
恨は永く名は高き
君が城あと今いかに。
弦月落ちて宵暗の
星影凄し廣瀬川
恨むか咽ぶ音寒く
川波たちて小夜更けて
秋も流れむ水遠く。
別の袖に
別れの袖にふりかゝる
清き涙も乾くらむ
血汐も湧ける喜の
戀もいつしかさめやせむ
物皆移り物替る
わが塵の世の夕まぐれ
仰げば高き大空に
無言の光星ひとつ。
人の世に
梢離れて雪と散り
母なる土に還り行く
花のこゝろは誰か知る
散りなば散りね人の世に。
汀を洗ひ瀬に碎け
流れ/\て海に入る
水のこゝろは誰かしる
去りなば去りね人の世に。
きのふくれなゐ花の面
けふはたかしら霜の色
時のこゝろをたれかしる
移らば移れ人の世に。
かたみにしぼる憂なみだ
袖にいつしか乾くらむ
戀の心をたれかしる
替らば替れ人の世に。
――――――――
紅葉青山水急流
[#ここから横組み]
[#ここから5字下げ]
〔“Er ist dahin, der su:sse Glaube〕
An Wesen die mein Traum gebar,
Der rauhen Wirklichkeit zum Raube,
〔Was einst so scho:n, so go:ttlich war”〕
[#ここで字下げ終わり]
[#地付き]――Schiller : Die Ideale.
[#ここで横組み終わり]
桐の一葉をさきだてゝ
浮世の空に音づれし
秋は深くもなりにけり。
虫のねほそる秋の野を
染めし昨日の露霜や
萩が花ずりうつろへば
移る錦は夕端山
思入る日に啼く鹿の
紅葉織りなす床の上。
谷間は早く暮行けど
入日の名殘しばとめて
にほふをのへの夕紅葉、
花のあるじにあらねども
山ふところのしら雲に
契るやいかに夜半の宿。
千尋《ちひろ》の谷の底深く
流るゝ川のみなもとは
いづく幾重の嶺の雲
玉ちる早瀬浪の音
都の塵に遠ければ
耳を洗はむ人も無く。
雪より白きたれぎぬを
狹山おろしに拂はして
岸にたゝずむかれやたそ
巫山洛川いにしへの
おもわを見する乙女子は
浮世の人か神の子か。
――――――――
かたへにたてる若人の
汀につなぐ舟一葉
浮世の波に漕ぎいづる
名殘は盡きず今更に
分ちかねたる袖の上
涙も露もしげくして。
「清き水面に塵もなき
君はみやまのいさゝ川、
碎け流れて世にいづる
われははかなき落瀧津、
同じひとつの水筋も
別れて遠し本と末。
「高峰の花に誘はれて
分け來し袖も薫りけむ、
紅埋む夕霞
緑糸よる玉柳
深山の奧に君を見れば
武陵の里もこゝなりき。
「八重だつ雲に世をへだて
過しゝ月日いかなりし
横雲わかるしのゝめに
きくは雲雀の春の歌
霞む川邊の夕暮に
訪ふは菫の花の床。
「未來の空のたのしくて
ゑひしもはかな春の夢、
浮世の憂を吹送る
あらしの音に驚けば
ゆふべの雲はあとなくて
野にも山にも秋はきぬ。
「塵のむくろによしなくも
やどる思のなかりせば
今の嘆のあるべしや、
見しよの夢を呼び返す
みそらの風は吹絶て
恨はつくる時ぞなき。
くづをるさまはあらねども
哀れをこむるまなじりに
帶ぶるや露の玉かつら
かしらを垂れて乙女子は――、
「定まる道にすべもなく
深山に君をとゞめ得じ、
定離のためし顧みて
心なしとな恨みぞよ。
「とこよの花のさきにほふ
神の御園を閉されて
かどにたゝずむ罪人に
風吹送る天《てん》の樂
泣きてきゝけむいにしへの
ためしをあはれ思はずや。
「いさゝ小舟に棹さして
漕行く末も程遠き
君が船路の楫まくら、
寢覺の月の影さえて
風凄まじき夜な/\は
思ひもいでよ我が里を。
「長き船路の盡きん時
あらきあらしのやまん時
波も霞の礒ちかく
散りくる花のふゞきもて
繋ぐ小舟のとま葺きて
またも逢見ん折をこそ。」
さらばとばかり夕浪も
咽ぶ恨のせゝらぎや
霧たちこむる谷川は
跡見返れどかひぞなき
浮世の秋ももろともに
流れ/\て末遠く。
枯柳
沈む夕日を見送りて
佇む岸のかれやなぎ、
消えぬすがたはつらくとも
しばしは忍べ程もなく
暗のころもに包ませむ、
下ゆく流水痩せて
咽ぶも悲し秋の聲。
造化妙工
嗚呼うるはしき天地《あめつち》の
たくみをいかにたゝへまし、
月日めぐりて年行きて
かゆるいくそのけしきぞや。
春の歩みのつくところ
地に花薫り草いろひ、
春の呼吸《いぶき》のゆくところ
空に蝶舞ひ鳥歌ふ。
清きは夏の夕河原
凉しき眺見よやとて
空に月照り風そよぎ
地に露結び水ながる。
しぐれも雲も時めきて
秋の夕の色よはた
谿は紅葉のあやにしき
嶺は妻戀ふ牡鹿の音《ね》。
冬はあしたのあけのいろ
色無き空に色ありて
雪の梢に梅薫り、
梅の梢に雲かゝる。
嗚呼いつくしき天地の
たくみをいかにたゝへまし
同じ一日《ひとひ》の空合も
移るいくその眺めぞや。
天《そら》のはてより地のはてに
光と暗を布き替て
こゝに十二の晝の時
かれに十二の夜の時。
薄紫によこぐもの
たなびくひまを眺むれば
いろなる露を身にあびて
笑みつ生るゝ「あした」あり。
紅《くれなゐ》さむるかげろふの
光のおちを見渡せば
霞の袂ふりあげて
鳥呼び返す「夕」あり。
時雨の後は虹にほひ
虹の後には月にほひ
月はた遠く落行けば
あなたに明けの星あかし。
嗚呼おほいなる天地の
たくみをいかにたゝふべき
しづく集り塵つもり
こるもいくその形象《かたち》ぞや。
いゆき憚るしら雲を
麓なかばにとめおきて
落る日を呑み月を呑む
高きは山の姿かな。
春の霞も秋風も
共通路の沖遠み
潮逆捲き波躍る
廣きは海のおもてかな。
黒烟《くろけむ》高くなびかせて
麓の里の日を奪ひ
紅蓮《ぐれん》焔の波あげて
星なき暗の空をやく
火山の姿君見ずや。
千年《ちとせ》つみこし白雪を
凍ほれるまゝにさかおとし
八百重の嶺を打越して
海原遠くはこびゆく
氷河の流君見ずや。
嗚呼かぐはしき天地の
たくみをいかにたゝへまし
ひとつの氣《いろ》をもとゝして
染むるいくその匂ぞや。
砂漠《さばく》の月にほゆる獅子
秋野《あきの》の露にむせぶ蝶
かのたてがみもこのはねも
ひとついろとは誰か知る。
竹の林にはしる虎
汀の蘆に眠る田鶴《たづ》
この毛ごろももかの皮も
同じたくみと誰か知る。
星地に落ちてそのあした
谷間のゆりの咲く見れば
露影消てそのゆふべ
岑上《おのへ》の雲の湧く見れば――
おのが姿にあこがれて
花[#「花」に「(一)」の注記]となりしもあるものを
清き乙女[#「乙女」に「(二)」の注記]のむくろより
などか菫の咲かざらむ。
[#ここから改行天付き、折り返して6字下げ]
(註)(一)Narsissus. Ovid : Metamorphoses. B. III.
(二)Ophelia――Shakespear : Hamlet, Act V. Sc. I.
[#ここで字下げ終わり]
靜夜吟
夢皆深し萬象の
眠も夜も半にて
神秘の幕は
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