Eの暗は厚うして
聖者の憂絶えずとか
浮世の花は脆うして
詩人の涙涸れずとか。

長く、かすけく、また遠く
今はたつゞく一ひゞき
呼ぶか閻浮の魂の聲
かの永劫の深みより、
「われも浮世のあらし吹く
波間にうきし一葉舟
入江の春は遠くして
舟路半ばに沈みぬ」と。

恨みなはてぞ世の運命《さだめ》、
無限の未來後にひき
無限の過去を前に見て
我いまこゝに惑あり
はたいまこゝに望あり、
笑、たのしみ、うきなやみ
暗と光と織りなして
歌ふ浮世の一ふしも
いざ響かせむ暮の鐘、
先だつ魂に、來ん魂に
かくて思をかはしつゝ
流一筋大川の
泉と海とつなぐごと。

吹くや東の夕あらし
寄するや西の雲の波
かの中空に集りて
しばしは共に言もなし
ふたつ再び別るとき
「秘密」と彼も叫ぶらむ。
人生、理想、はた秘密
詩人の夢よ、迷よと
我笑ひしも幾たびか、
まひるの光りかゞやきて
望の星の消ゆるごと
浮世の塵にまみれては
罪か濁世《ぢよくせ》かわれ知らず。

其塵深き人の世の
夕暮ごとに聲あげて
無限永劫神の世を
警しめ告ぐる鐘の音、
源流《げんりう》すでに遠くして
濁波《だくは》を揚ぐる末の世に
無言の教宣
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