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紅染めし夕榮の
色いたづらに消果てゝ
畫くは何の面影ぞ
流るゝ光沈む影
傾く齡手の中に
嗚呼ひきとめむすべもがな。

佛は説きぬ娑羅双樹
祇園精舍の鐘のねも
その曉に綻びし
別れの袖をいかにせむ
更けてくるしむ待宵の
涙なみだに數添て
さても浮世の戀ぞ憂き
さても我世の戀ぞ濃き。

名殘の袖の追風の
行衞いづくと眺むれば
春やむかしの川柳
緑のおぐし今更に
ふけて亂れて絆れては
鏡も何ぞいさゝ川
見ずや踏入る一足に
こゝも移ろふ世の姿。

里飛びたちし鶴の子が
去りて歸らぬ松|一株《いつしゆ》
花なき色は替らねど
枯れては恨む糸櫻
吹くや淋しきすさまじき
幾代浮世の風のねに
命の汀眺むれば
寄するも憂しや老の波。

その仇波の寄せぬまに
花のかんばせ星のまみ
燃ゆる思と熱き血と
そのまゝ共に消えよかし
願空しきとこしへの
不變の戀よ不死の美よ
詩人の夢をいかにせむ
天使の幸をなにとせむ。

虹の七色空の色
染むるかしばしうたかたを
旭日の光てらすとき――
あゝ喜びかまがつみか
幸か恨みか分かねども
戀よ我世の春の夢
さめなばよみの門口に
「生ける」屍を誘へかし。

  登高

烟は
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