忘れ
心も空に佇ずめば
風は凉しく影冴えて
雲間を洩るゝ夏の月
一輪霞む朧夜の
花の夢いまいづこぞや。

憂《うき》よ思よ一春の
過ぎて跡なき夢のごと
にがき涙もおもほへば
今に無量の味はあり
浮世を捨てゝおくつきの
暗にとこしへ眠らんと
願ひしそれも幸なりき。

流はゆるし水清し
樂《がく》の、光の、波のまに
すゞしく澄める夜半の月、
あゝ自然の心こゝろにて
胸に思のなかりせば
樂しかるべき人の世を。

  籠鳥の感

嗚呼青春の夢高く
理想のあとにあこがれて
若き血汐の躍るとき
人も自在の翼あり。

自在の翼また伸びず
現《うつゝ》の籠に囚はれて
餌に鳴音を搾るとき
狂ふ※[#「口+斗」、23−上−13]を誰れか聞く。

狂ふ※[#「口+斗」、23−上−14]もしづまりつ
籠を天地と眺めては
御空のをちも忘られむ
理想の夢もさめ果てむ。

こゝに囚はれこゝにやむ
あだし命の一時や
うたてうたかたうつゝ世を
我嘆かんや笑はんや。

  馬前の夢

[#ここから横組み]
[#ここから5字下げ]
〔“Etre d' un sie`cle entier la d' pense'e et la
前へ 次へ
全54ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
土井 晩翠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング