の影を彼は見せ
暗、夕まぐれ、過ぎし年、
涙のあとを此は見す。

色ある花の聲や何に
聲なき墓の意味やなに
同じあしたの白露を
彼と此とに落ちしめよ。

憂の墓は人のあと
命の花は神のわざ
同じ夕の星影を
彼と此とに照らしめよ。

  「暗」と「眠」

夕暮迷ふ蝙蝠の
羽音にそよぐ川柳
其みだれ髮わがねつゝ
「暗」と「眠」とつれだちて
梢しづかに下だりけり。

墨ぞめごろも裾長く
「暗」の歩みに音もなし、
ふり蒔く露は見えねども
「眠」の影のさすところ
人のまぶたは重かりき。

過ぐるを憶ふ悲みに
來ん日を計るわづらひに
ひと日のわざは足るものを
「暗」よ「眠」よたづね來て
休みを賜へ人の子に。

嗚呼罪あるも罪なきも
喜ぶものも泣くものも
現《うつゝ》の夢を逃れ來て
「暗」のころもを纏へかし
「眠」の露に浸れかし。

星宵の空に聲もなく
よさしは今と佇ずめる
「暗」と「眠」の影ふたつ
あまねき惠み人の世に
たるゝいましのなつかしや。

  廣瀬川

都の塵を逃れ來て
今わが歸る故郷の
夕凉しき廣瀬川
野薔薇の薫り消え失せて
昨日の春は跡も無き
岸に無言の身はひとり。

時をも忘れ身も
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