われもまた
君に一枝の夕ざくら。

あしたの柳露にさめ
ゆふべの櫻風に醉ふ
都の春の面影を
せめては忍べとばかりに。

通ふ鐵路も末遠く
都の春は里の冬
玉なす御手に觸れん前
萎み果てむかあゝ花よ。

萎み果てなむ一枝を
空しく棄てむ君ならじ
心の色に染めなして
寢覺の窓にゑましめよ。
  ――――――――

  夏の面影

   夢

韓紅の花ごろも
燃ゆる思とたきこめし
蘭麝の名殘匂はせて
野薔薇散り浮くいさゝ川
流の水は淺くとも
深し岸邊の岩がねに
結ぶをとめの夏の夢。

よその高峯の夕霞
何にまがへてたどりけん
羅綾のしとね引換へて
今は緑の苔むしろ
水とこしへに流去り
花いつしかと散りぬれば
夢か昨日の春の世も。

のぼる朝日に照りそひて
色なき露も色にほふ
眺めまばゆきあさぼらけ
若葉のみどり夏深き
梢はなるゝもゝ鳥は
我世たのしと鳴くものを
さめずやあはれをとめごよ。

鳴くや杜鵑《とけん》のひと聲に
五月雨いつかはれ行けば
ちぎれ/\の雲間より
やがてほのめく夏の月
銀輪露に洗はれて
我世すゞしとてるものを
さめずや哀れをとめごよ。

螢飛びかふ夕まぐれ
すゞ風そよぐ夜
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