たどる影は眞善美)
三の星こそ並ぶなれ。

坤輿一球透き通り
仰ぎて上に見るがごと
下にも光る千萬《せんまん》の
星の宿りを眺め得ば
下界の名さへ空しくて
我世いみじと知るべきを。

まことの光りまことの美
狹霧に蔽はれとざされて
暗にさまよふわがこゝろ
たのむは獨り君が歌
紫蘭の薫り百合花の色
爲めに咲かなん君が歌。

しらべも高くねも高く
あらきあらしを和げて
微妙の樂に替ふるてふ
君が玉琴かきならし
涙のうちにほゝゑみて
暗のうちにもかゞやきて。

かのオルヒスのなすところ
陰府《よみ》に繋がる魂を解き
かのピタゴルの説くところ
御空に星の樂を聞き
かのプラトンの見るところ
高き理想の夢に醉へ。

[#ここから改行天付き、折り返して6字下げ]
   ――――――――
(註)(一)失樂園第三卷
   (二)ヲルヅヲルス
   (三)ロセツテ
   (四)セークスピア
   (五)ダンテ
   (六)ゲーテ
   (七)オライオンの星宿
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[#ここで字下げ終わり]

  はるのよ

あるじはたそやしらうめの
かをりにむせぶはるのよは
おぼろのつきをたよりにて
しのびきゝけむつまごとか。

そのわくらばのてすさびに
すゞろにゑへるひとごゝろ
かすかにもれしともしびに
はなのすがたはてりしとか。

たをりははてじはなのえだ
なれしやどりのとりなかむ
おぼろのつきのうらみより
そのよくだちぬはるのあめ。

ことばむなしくねをたえて
いまはたしのぶかれひとり
あゝそのよはのうめがかを
あゝそのよはのつきかげを。

  哀歌

同じ昨日の深翠り
廣瀬の流替らねど
もとの水にはあらずかし
汀の櫻花散りて
にほひゆかしの藤ごろも
寫せし水は今いづこ。

心ごゝろの春去りて
色こと/″\く褪めはてつ
夕波寒く風たてば
行衞や迷ふ花の魂
名殘の薫りいつしかに
水面遠く消えて行く。

恨みを吹くや年ごとの
瑞鳳山の春の風
をのへの霞くれなゐの
色になぞらふ花ごろも
とめし薫りのはかなさは
何に忍びむ夕まぐれ。

暮山一朶の春の雲
緑の鬢を拂ひつゝ
落つる小櫛に觸る袖も
ゆかしゆかりの濃紫
羅綺にも堪へぬ柳腰《りうやう》の
枝垂《しだり》は同じ花の縁
花散りはてし夕空を
仰げば星も涙なり。

池のさゞ波空の虹
いみじは脆き世の道を
われはた泣かむ花の蔭
其花掃ふ夕
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