て空の月
花に舞へとて春の蝶
「自然」のわざは妙《たへ》ながら
世に苦めと塵の身を
暗に迷へと玉の緒を
つくる心のしりがたや。

かゞやく星に空かざり
玉しく露に地を粧ふ
神にたづねむいかなれば
なまじの絆人の子の
心に智慧の願あり
胸に悟の望ある。

   (三)[#「(三)」は縦中横]

荒れのみまさる人の世に
せめては匂ふ戀の花
脆きはたれの咎ならむ
星の眸《まなざし》月の眉
たゞ思出の種として
いづく消行くまぼろしぞ。

母の乳房にもたれつゝ
宿すもゆかし春の夢
見なば魔王もゑみぬべき
稚子の眠りもひとゝきや
やがて寄來ん世のあらし
つらきあらしのさますらむ。

つらきあらしを譬ふれば
陰府《よみ》なる門《かど》のきしりかも
脆き、弱きをにへとして
いけるをきほふ世々の聲
うちに恨の叫あり
うちに憂の涙あり。

民のもゝちの骨枯れて
ひとりのいさを成ると説く
それにもまして痛はしき
個人《ひと》の嘆と悲と
涙と血とに買はれたる
社會《このよ》の榮《はえ》はたがためぞ。

時劫の潮とこしへに
寄するあら波返る波
浮きて沈みて末つひは
たゞうたかたのよゝのあと
いづれの時かいつの世か
亂れ騷ぎのなかりけむ。

世界の富を集めたる
ローマの榮華夢と消え
こがね鏤ばめ玉しきし
ニネブ、バビロン野と荒れて
砂上につきしバベル塔
今はた何を殘すらむ。

嗚呼人榮え人沈み
國また起り國亡び
かくて※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りて極みなく
かくて流れてはてもなく
時よ浮世よいづくより
時よ浮世よいづちゆく。

   (四)[#「(四)」は縦中横]

ひとり思にかきくれて
たゝずむ影もゐる雲も
消えてむなしき夕まぐれ
神の慈愛のまなじりか
みどり澄みゆく大空に
はやてりそむる星のかげ。

あゝなつかしの星の影
夢と過行く人の世に
猶「永劫」のあと見せて
あめとつちとの剖れけむ
むかしのまゝにとこしへに
わかき光に匂ふかな。

其永劫の面影を
仰げば我に涙あり
高くたふとく限りなき
靈のいぶきに扇がれて
空のあなたにかげとむる
「望」のあとに喘ぎつゝ。

天《てん》には光地には暗
あひにさまよふ我思ひ
浮世の憂を吹寄せて
あらし叫びぬ「惱よ」と
神の光榮《ほまれ》をほのみせて
星さゝやきぬ「望よ」と。

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(註)(一)ダ
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