の息さえきこえぬ山奥で、金剛の道をきくばかりにほど遠い磯辺《いそべ》の家をも捨てて来たのだと思いながら、知恵のよろこびにもえ立ってひた上りに上って来たのでございます。それですのに私は、もう仔細も知らぬ呪いの網につつまれて、どのようにしても遁れることの出来ない身になったのでございましょうか。老僧様。
妙信 不愍《ふびん》なことだが草木までも呪われたこの山にはいったからは、もうどのようなことを願うても叶《かな》いはせぬ。仔細といってもやっぱりもとは邪婬の煩悩《ぼんのう》だが、もう二十年も昔になる、ちょうどこんな息の苦しい五月ごろの晩だった。思いをとげたい一心を欺かれた怨《うら》みから、清姫というようよう十四になった小娘が生きながら魔性の大蛇《おろち》になって、この山へ男のあとを追って来たのだ。和尚のはからいに男を伏せてかくまったこの鐘よ、硫黄《いおう》色の焔《ほのお》を吐きながらいく廻《めぐ》り巻くかと思ううち、鐘も男も鉛のようにどろどろ溶けてしまったわ。まだ和尚も年は若く堅固な道人の時で、見事に魔性を追い払ってはしまったが、その場のはからいに怨みを残して、執念というものがあの頭の中へ、小
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