って、見ているうちに目から鼻から血が流れ出すのよ。――
妙海 その話はやめにしよう。一つ一つ骨に絡《から》んだ腸でも手繰り出されるような妙良の悲鳴が、今だに耳の中で真赤な渦をまいて、思ってもぞっとするわ。
妙源 ――血でひたひたになった本堂の隅へ、悪魚の泳ぐように這いつくばって、とかげのような舌の断《きれ》を抓《むし》りながら、「執念が何だ、邪婬の外道が何の法力に叶うかい」とわめいた眼つきは――
妙信 (戦慄《せんりつ》)よさぬかというに、さもないでさえ恐ろしいこの夜更《よふ》けに、そんな話をしなくとものことじゃないか。
若僧 (唐突に妙信に向い)私はやっぱり降りて参りとうございます。たとえ行き迷うてどのような恐ろしい目にあいましても、こうして、人を沈めた沼地のようにいまわしい呪いの霧が、骨の中までしみ込んで来るところに立っているよりも、一人で路を歩いている方がいくらよいか知れませぬ。
妙海 (ほとんど何らの感情なく)もう何をいうても叶わぬわ。お前はまだ仔細も知るまいが、この山へ一度上ったからは、どのようにしても降りることは出来ないのだ。
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この時若僧ははなはだし
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