るがごとく見え、その形打ちひしがれたる蛇の首のごとく平たし。三つの鬼女全く同じ形相にて並びつくばいたれば、左の肩よりいと長きくろ髪、石段の上に流れ横たわる。依志子のものいうをながめてあれど、妙念もこれを背《そびら》にしたれば知ることなし。
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依志子 妙念様、そうではございませぬ、もう最期《いまわ》に私も、物のまことを申しとうございます、私は――私は――
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語終らざるに怪しく叫びてついに昏倒《こんとう》す。
鬼女つくばいたるままに身を退けば、黒き髪のたうち[#「のたうち」に傍点]のぼりてともにかくる。妙念は鬼女の顕われしころより再び※[#「りっしんべん+曹」、37−上−1]然《そうぜん》としてたましい[#「たましい」に傍点]うつけ、依志子が最後の悶叫《もんきょう》をも耳に入らざるさまにて、眼《まなこ》のいろえりたるがごとく、(観客の正面定まりなきあたりに据《す》えて)たたずみてあり。風の音いよいよはげしく、このころより微《かす》かなるあか[#「あか」に傍点]色ようように月夜の空ににじみ来たる。
ややありて最前の僧徒三人、上手の坂路より逃げまどえる哀れなる獣等のごとく走せ上り、依志子の仆《たお》れたるを見さらに驚けるさまなりしが怯《おび》えたる姿にて妙念の上手に立ち――
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妙信 和尚様、大事でございます。怪しい火《ほ》むらがお山を取り巻いて参りました。
妙海 風の勢いがはげしいので燃え上って来るのはすぐでございます、本門のところでも、山下の方にめらめらと焔《ほのお》が見えたと思いますうち、もう眼の前の空が真赤に映って来たのでございます。
妙信 所詮《しょせん》かなわぬまでも裏山の滝津の中へ身をひそめているより道はございませぬ、和尚様。大事でございます。
妙海 (いよいよいら立ちて)あの凄《すさ》まじい風の勢いが、山上《さんじょう》と山下《さんげ》から焔の波を渦まき返してあおり立てるのでございます。ほんとに手間を取ってはいられませぬ。あ、もうこんなに火の粉が飛んで参りました。
妙信 和尚様、どうなされたのでございます。そのうちには滝津まで降りる道さえふさがれてしまいます。和尚様。
妙源 や、あの音は、(上手の路の
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