格位を保てり。いま僧徒らの斉《ひと》しく森の方を眺め入れるを見、にわかに恐怖を見出でたるがごとく歩みを止む。若僧の顧み知りて怪しく叫ぶや、僧徒ら掴《つか》むがごとく相|集《つど》う。不安なる対立。
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妙念 悪霊の姿が見えたというのではないのか。
妙信 まだ私どもの眼に見えてはおりませぬ。
妙念 もうどうしても上って来る時分なのだ。お前たちのような奴は眼の前へ形が見える先に、煙のような忍びの音《ね》が這ってくるのを知らないのだな。己《おのれ》があの本堂の傍へ犬のようにつくばって、地《じ》をなめずるみみず[#「みみず」に傍点]のうごめくのまで見張っている間に、お前たちはこんなところでいぎたなく唇《くちびる》を弛《ゆる》ましながら、眠ってなんぞいたのじゃないか。
妙信 眠っているどころではございませぬ。耳の中をめぐる血の音《おと》や、はかない出し入れの息の音《ね》にまで、とかげ[#「とかげ」に傍点]のように怯えながら心をつけていたのでございます。ちょうどいまも、怪しいものの音《ね》がきこえるなどと申す耳の迷いから――
若僧 (激しく語を迹りて)耳の迷いではございませぬ。ちょうど女人の髪の毛が笹の上を重く流れて行くようなものの音《ね》が、あの欅の根元からここの裾へかけて、三度ばかり聞えたのでございます。
妙念 (にわかに激しく)そこにいるのは誰だ。
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間。若僧は無言に妙念を視つめてあり。
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妙信 (何物かをおそるるがごとく)ゆうべ新入りの若僧でございます。
妙念 何しにこの山へはいって来たのだ。
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間。
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妙信 (若僧に向い)黙っていずと、お返事をせぬかい。
妙念 何しにこの山へはいって来たのだ。
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間。
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妙念 何しにこの山へはいって来たのだ。
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いと長き間。若僧の眼はようように鋭き凄色《せいしょく》を帯び、妙念は怪しき焔を吐くばかりの姿して次第に蹂《にじ》り迫る。さらに長き期待の堪うべからざるがごとき場《じょ
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